立春

昨日からバンコクも急に暑くなってきました。最高気温35度。これから雨季が始まるまで(5月中頃)、日に日に暑くなります。なので、今くらいは序の口。マンゴーもこれからどんどんおいしくなります。

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長野では、いつもは4月中頃〜20日ごろにならないと桜も咲かないのに、去年は入学式にあわせたかのように早々に満開になりました。

この写真を撮ったのは、いつも買い出しに行くのに通る道。この時は、カメラを持って買い物に行ったのです。長野の桜の時期は、いつも個展で忙しい時期。去年は早くに咲いてくれたので、初めて桜を撮ることができたのです。

あっという間に散ってしまう桜、こうして撮っておくのもいいなと思います。

 

 

 

 

バンコクに来てから、息子をスイミングスクールに行かせるつもりでいました。

でも、こちらに来てから、とあるスクールへ何度も問い合わせのメールをしても、暖簾に腕押しのようなメールが何度も返ってくるばかり。

だいたい、こんな風にタイで問い合わせしても、質問に答えてもらったことがないのは、私たちの運が悪いだけでしょうか?(以前はこの国で航空券一枚買うのも大変でした←いまはネットで楽になりましたが)。

埒があかないので、直接オフィスへ行ってみると、豪州出身のインストラクター達が丁度いて、とんとん拍子に話がまとまりました。昨日から、ごく近所にあるクラスへ入れてもらうことができ、親としてもとても助かりました。

メールや電話ではなかなか伝わらないことも、会って話をしてみれば、あっけないほど簡単なものですね。

 

さて、私も、立体裁断の復習と今年の秋もののパターンに取りかかっています。

長野の家のアトリエに比べられないほど狭いワークスペースですが、人台があるのでとても心強い。布をさわっていられるのはとても幸せです。私も息子に負けずに頑張らねばなりませんね。

ブラウスの原型つくり。
今日の作業。ブラウスのもとになるパターンを作っているところ。

満開です

夫と息子がアメリカの実家へ旅立ちました。その準備やなにやらでバタバタしていたのですが、昨日二人を送り出し、私もようやくホッとしています。

りんごの写真を撮り、カディブラウスの染めていない分をノリ抜きして干し、藍の面倒を父に託して、私は昨日の夜行で京都へ来ました。ひとまず、昨日自宅周りで撮った写真からアップです。

 

カディ コットンブラウス
カディコットンのブラウス ノリ抜きをして洗って干しているところ。よく乾きました。

 

藍もやっと芽が出てきました

ライラックの花
ライラックの花 もうそろそろおしまい

 

りんごの花
今年は随分早かったりんごの開花

 

りんごの花 -
食料の買い出しに、家の横にある古道、通称「馬道」を通っていきます。先日の買い物の帰り、りんごの花摘みをしていたおじさんに「動物園にでも行ってきたのかい?」と聞かれました。

黒染め

緑のきれいな季節になりました。色がでてくると、庭がぐっと明るくなります。染めたものもよく乾くし、花粉さえなければ一番いい季節ですね。

violet

 

ドグウッド - 1

 

 

今回も、グレーや黒に近い濃グレーを少し染めました。

黒染めといえば、ログウッド(メキシコの豆科の植物)が昔から着物の黒染めに使われていますが、個人的には色落ちが少々心配。黒を染めたいときは、私はたいていミロバランや墨汁を使うことになります。過去にはどんぐり(つるばみ染め)で染めたことも。今回はミロバランのみ。アンティークな感じの黒〜グレーに染まりました。

真っ黒な色では、藍で下染めしてから檳榔樹を重ねる「檳榔樹黒」が伝統色として知られています。これも一度染めてみたい色です。

ちなみにログウッドは、鮮やかな美しいブルーも染められるのですが、堅牢度が弱く早くに色変わりしてしまうのが難点。黒染めでは、どんな風に抜けていくのでしょうか?きれいに抜けていくのだったら、黒染めでも使ってみたいです。いつか、自分の服で実験してみたいと思います。

黒染め - 1

 

 

今回のタグは、少し縦長。吊るすためのリネンの糸を手作業でつけていきます。洗濯などのお手入れの注意書きは別紙に。

タグ - 1

 

あともう少し

ストーブの薪

りんごの栽培をやめることにしたという近所の畑から、父がりんごの木をもらってきました。そのお宅のおじいちゃんが亡くなったので、もう作る人がいなくなったため、だそうです。

写真の木の山は、チェーンソーを持参して、2日がかりで切ってきたもの。りんご農家も高齢化がすすみ、いざ畑をやめるとなっても、後始末もなかなか大変なようです。

りんごの木は火持ちがよくて、とても重宝します(父が薪にしてくれるので、とても助かります)。沢山の実をつけてくれたりんごの木も、こうして最後まで役に立ってくれるのですね。

 

初冬の色

霜や雪が降ったりで、裏山も茶色になりました。庭の木もどんどん葉っぱを落としていきます。(写真は先週撮ったもの)。今年も残りあと2週間ですね。ミシンを踏みつつ、気ばかり焦ります。

 

赤いもみじ

 

25th November

green film camera フィルムカメラ 草

先日の長野北部の地震はとても大きな規模だった様ですが、長野にお住まいの皆様はご無事でしょうか?

We hope that all of our readers in Japan came through the recent earthquake in northern Nagano Prefecture safely.

私も翌日になって知り、ぞーっとしていました。実家でもお皿が落ちて来て割れたとか。やはり日本では、常に地震が来ることを想定して生活しないとならないですよね。原発などといったものは問題外だと思います。

 

green,helios, dye

 

Every now and then, I or my husband hears Japanese spoken in Penang, most often either by Japanese women living in Penang as they shop for groceries or by the shopkeepers themselves greeting their customers, or communicating in basic Japanese with them.

Occasionally, however, one meets older local residents who learned Japanese during the war, when they were made to learn Japanese in school by the then-occupying authorities. They mention that they were made to sing the Japanese national anthem, and many can remember the lyrics still. Some say they were made to work for the Japanese doing such things as repairing submarines based, visiting, or refueling here. They express no animosity, but recall the time as a not particularly pleasant one.

One finds these pockets of Japanese language throughout Asia, but not the way one usually thinks of them. They are not spatial, but rather temporal. They exist not in a given place influenced somehow by Japan or through a migration of its citizenry there, but in the minds and memories of a generation of children, now old men and women, who learned their lessons well.

ペナンでは、日本語を話す人に時折会います。

現在住んでいるアパートで時々会う、にこやかな華人のおじいさんも、君が代を歌えるそうです。夫が話を聞いてみると「日本軍ペナン占領時に学校で覚えさせられた」そうで、それを聞いて、私は申し訳なさに思わず身が小さくなる思いがしました。

いつもパターンをコピーしてもらう印刷屋さんのおじさんも、カタコトの日本語を話します。日本語だと分かるまでに、かなり時間がかかりましたが。そして、私も日本語で答えるようになってから、どうもぺこぺこ米つきバッタの様にお辞儀をしている自分に気がつきます。(そういえば、タイ東北部のイサーンで日本語を話すタイ人女性と話した時も、ぺこぺこしていた私)。日本語とお辞儀はどうもセットになっているようなのです。言葉と文化というのは、骨の髄までしみ込んでいるものなのだなあ〜と、しみじみ。

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最近は、生地や服作りにまつわる付属品の調達の関係で、海外の工房などとメールをやりとりする機会が増えましたが、これも相手の国民性がでますね。

すぐに明快な返事がきて、話がトントン拍子に進むところもあれば、問い合わせてもなしのつぶてだったり(ひどいときは問合せ先が消えていたり)、見本を送ったと言いながら、待てど暮らせどこちらに届かない場合も。現地法人の運送会社もいい加減だったりします。顔が見えない相手だからこそ、会って話をするとき以上に誠意をつくさねばと思うのですが、あちらはそうは思っていないことも多いようです。

なので、日本国内でスムースに話や物事が滞りなく進むというのは、本当にありがたいことなのだと改めて思っています。