25th November

green film camera フィルムカメラ 草

先日の長野北部の地震はとても大きな規模だった様ですが、長野にお住まいの皆様はご無事でしょうか?

We hope that all of our readers in Japan came through the recent earthquake in northern Nagano Prefecture safely.

私も翌日になって知り、ぞーっとしていました。実家でもお皿が落ちて来て割れたとか。やはり日本では、常に地震が来ることを想定して生活しないとならないですよね。原発などといったものは問題外だと思います。

 

green,helios, dye

 

Every now and then, I or my husband hears Japanese spoken in Penang, most often either by Japanese women living in Penang as they shop for groceries or by the shopkeepers themselves greeting their customers, or communicating in basic Japanese with them.

Occasionally, however, one meets older local residents who learned Japanese during the war, when they were made to learn Japanese in school by the then-occupying authorities. They mention that they were made to sing the Japanese national anthem, and many can remember the lyrics still. Some say they were made to work for the Japanese doing such things as repairing submarines based, visiting, or refueling here. They express no animosity, but recall the time as a not particularly pleasant one.

One finds these pockets of Japanese language throughout Asia, but not the way one usually thinks of them. They are not spatial, but rather temporal. They exist not in a given place influenced somehow by Japan or through a migration of its citizenry there, but in the minds and memories of a generation of children, now old men and women, who learned their lessons well.

ペナンでは、日本語を話す人に時折会います。

現在住んでいるアパートで時々会う、にこやかな華人のおじいさんも、君が代を歌えるそうです。夫が話を聞いてみると「日本軍ペナン占領時に学校で覚えさせられた」そうで、それを聞いて、私は申し訳なさに思わず身が小さくなる思いがしました。

いつもパターンをコピーしてもらう印刷屋さんのおじさんも、カタコトの日本語を話します。日本語だと分かるまでに、かなり時間がかかりましたが。そして、私も日本語で答えるようになってから、どうもぺこぺこ米つきバッタの様にお辞儀をしている自分に気がつきます。(そういえば、タイ東北部のイサーンで日本語を話すタイ人女性と話した時も、ぺこぺこしていた私)。日本語とお辞儀はどうもセットになっているようなのです。言葉と文化というのは、骨の髄までしみ込んでいるものなのだなあ〜と、しみじみ。

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最近は、生地や服作りにまつわる付属品の調達の関係で、海外の工房などとメールをやりとりする機会が増えましたが、これも相手の国民性がでますね。

すぐに明快な返事がきて、話がトントン拍子に進むところもあれば、問い合わせてもなしのつぶてだったり(ひどいときは問合せ先が消えていたり)、見本を送ったと言いながら、待てど暮らせどこちらに届かない場合も。現地法人の運送会社もいい加減だったりします。顔が見えない相手だからこそ、会って話をするとき以上に誠意をつくさねばと思うのですが、あちらはそうは思っていないことも多いようです。

なので、日本国内でスムースに話や物事が滞りなく進むというのは、本当にありがたいことなのだと改めて思っています。

 

21st November

cosmos film camera フィルムカメラ

 

コスモス

ようやくこの秋に日本で撮った写真を現像に出しました。

自由学園明日館を撮った方は、半分以上のコマに変な線が入っていてガッカリ。いい加減な現像のためか、ながーい髪の毛のようなものが張り付いていました。プンプン(怒)。コスモスは黒姫高原で撮ったもの。こちらは大丈夫でした。

クラフトフェア松本の応募用に撮ったネガの方は、長野の家に忘れてきてしまったことに気がつき、ダブルショックです。応募できるのかしら、、、どうしましょう?

I finally developed a couple rolls of film I had been carrying around with me. It is a problem these days getting them through airport security checkpoints, because I always ask for hand inspection and not every airport’s staff is as obliging as those at Narita and Haneda.

I prefer using film cameras, because the intense, rich colors you see in the above photo are simply not obtainable using a digital camera absent some kind of computer enhancement. Also, the depth of field achieved in this shot is not possible with cell phone cameras and other multiple-purpose digital devices.

 

ブログ11月21日

 

学生の頃から二代目になるテープメジャーは、いつも首に掛けてるためか、真ん中の辺りだけ数字が消えてしまいました。

こちらで探しましたが、良いものがありません。ロンドンの学生時代もそうでしたが、使いやすい文房具や洋裁用品は日本かドイツ製のものが殆ど。学校の近くにはジョンルイスやリバティ百貨店がありましたが、日本で数百円のブラザーのボビンケースが、二千円程で売られていたのを手にし、わなわな震えた覚えがあります。このメジャーは西ドイツと刻印してあるのですが、今でもドイツで作られているもののようです(←夫の調べ)。

こちらで間に合わせを買うよりも、長持ちするものを使いたいので、日本へ帰るまでこれでしのぐことにします。

 The above tape measure, which I bought about 10 years ago, is made by the German firm Höchstmass, which company has been in business for more than 100 years. I wear the tape measure around my neck when I work, and understandably over time some of the printed numbers have worn off. I looked for a replacement here, but can find nothing as well made.

製作、進んでいます

秋 日本 もみじ maple autumn Japan

日本へ帰って来て、もうすぐ10日。

おいしい日本の玄米を食べられるし、味噌醤油などの発酵食品や大豆製品もいろいろ揃っているし、庭の果物もそろそろ食べごろ、、、。アトリエでも、思う存分染めたり縫ったりできます。日本の生活を満喫しています!

秋晴れのよい天気が続く長野ですが、朝晩はめっきり寒くなってきました。もうカーディガンを羽織っています。それにしても、今週末は連休だったのですね。夫に言われるまで気がつきませんでした。

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コットンリネンガーゼのブラウスを糊抜きして、染める準備。よく乾いて助かります。今期はドロップショルダータイプです。

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先日仕込んだ藍は、毎日かき混ぜます。やはりこれだけ気温が下がると、藍の温度管理も難しいです。来週には染められるようになっているでしょうか!?