旅 travel

旧正月 3日目

Chúc mừng năm mới! (明けましておめでとうございます)

ベトナムの旧正月、テト がはじまりました。

少し前から、通りはシャッター街のようになっています。みんな店をしめて、家族でお正月を祝っているよう。開いている食堂などもポツポツありますが、あまり選択の余地がありません。

焦って市場で開いている数少ないお店を回り、さしあたって食べるだけの野菜や果物などの食材を買って来ました。

ところで、定価のないベトナムでは、買い物は値段の交渉が基本です。

金額を確認しないで買うと、とんでもない金額を請求され、後味の悪い思いをすることも多いですし、レストランやカフェでは、頼んでいないものを会計に入れられたりします。

私たちって、そんないいカモ面しているのか?と思うと、気が滅入りました(自分が悪いんですがね、、)。そのため、ぼったくり天国と呼んで、何年もベトナムを敬遠していた過去があります。でもおそらくそれは、ぼんやりと観光地に滞在していたためかもしれません。

今回の買い物では、ローカル市場で「これは一キロいくら?」と聞けば、どの店でもバンコクよりも若干低い値段がかえってきました。値段に納得いかなければ、買わなきゃいいんですし。観光地の市場では、平気で数〜10倍の値段にしてくるのに。ローカル市民相手のお店の人は、ペラペラ嘘をつくことはしないのだ!と発見。夫は「それが普通でしょ!」と。

今回の滞在中は安心して買い物ができそうです。(時間の余裕があれば、スーパーやコンビニなどで売っているものを見て、現地の物価をあらかじめ知っておくといいですね。ベトナムも来るたびに物価があがっています)。

下は、年越し準備の買い物客でにぎわっていた肉屋で買ったもの。

左は豚レバーのパテ。右はネム・チュアという発酵ソーセージで、ハーブやもち米が入っています。本来はバナナの葉に包まれているそうで、発酵による酸味がすこしあります。どちらも玉ねぎとにんにくがきいていて、なかなかおいしい。

焼きたてのベトナムバゲットを売っているお店は開いています(需要があるでしょうね)。息子はこのパテでサンドイッチを作り、喜んで食べています。

街歩き。このように、カフェなのか、自宅のリビングの延長なのか、よくわからない光景を度々みかけます。

 

このギョッとする建物は、通り道にあるタンディン教会。「ピンク・チャーチ」の名で知られているそう。女性に人気があるらしく、中華系の若い観光客たちが写真のとりあいっこをしているのをよく見かけます。

ちなみにこの教会、外だけでなく、中もピンクづくし。夫がそのピンクづくし写真を見て、「オー、ゴット!!」を連発してました(「食事の後に見たら吐くだろうな」とも)。

植民地時代にフランス人によって建てられたようですが、いつからピンクになったのでしょうか?夫の調べによると、1867年建立、1957年からピンク色に塗られ始めたとあるそうです。ピンク色も再塗装の度にドキつくなってベトナム化していったに違いありません。

建立の時に関わった人たちが見たら泣くかもしれませんが、この南国にはこんなピンクも似合うなと個人的に思います。

近くでおばさんが熱心にイチゴ売りをしていました。(怒られそうなので、こっそり撮りました)。

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サイゴン到着

昨日の夕方、サイゴンに着きました。

バンコクのアパートに人台やミシンを置いてきたものの、こちらに持ってきた荷物は相変わらずすごい量。バンコクのアパートを出る時、スーツケースをタクシーに積んだ夫が、またしてもぎっくり腰になりました(←去年も同じ目にあった人)。

アジア行きの飛行機は、預け荷物も重量制のところが多いようです。つい、大きなスーツケースに最大限(今回の航空会社は32キロ)に詰め込んでしまいがち。これからは、小さなスーツケースと段ボール箱など、20キロくらいに分けて荷造りしなければ、と反省しました←多分すぐ忘れる。

仕事の道具と材料を全部持って、あちこち移動するのは無理がありますね。ジプシーのようなことをしていないで、どこか「ここ!」という拠点を作らないといけないなとも思うこの頃です。

ちょうど旧正月が始まるところ。準備にベトナム国民は忙しいようです。

街のあちこちで花市がたっていました。

買った鉢植えをバイクに乗せて走る人をたくさん見かけます。一人が運転して、後ろに乗った人が鉢を支えて、といった感じ(写真下)です。3つも鉢植えを乗せている人もいました。いろんなものをバイクに乗せて走るベトナム人にとっては、そんなのなんともないのでしょう。日本でやったらお巡りさんに怒られそうです。

 

今回は、観光地の中心からすこし離れたところに、アパートメントホテルをかりました。

キッチンもついているところを選びましたが、あまり料理せずにすみそう。というのも、甘めのベトナム料理は息子も食べられるのです。本人はここで料理教室に行きたいと言っているので、滞在中に行ってみる予定です。

旧正月の間は、ほとんどのお店が閉まるらしいことを今日発見。サイゴンは商業の中心だから大丈夫なんじゃないの?と軽く考えていた私たちが間違っていました。その間、食べ物をどうするかが目下の課題です。

残りのバンコク滞在

胃腸炎事件から、気がついたらもう10日経っていました。

息子の体調が不安定だったので、夫と息子が予定していたチェンマイ行きをキャンセル。去年の秋、風邪をひいた息子を、ごまかしつつフィラデルフィアへ出したものの、あちらで救急車騒ぎになって後悔していました。子供との旅は、思い切って予定をあきらめることも必要ですよね。大人はともかく、子供はどうなるか予測不可能ですから、、。

夫に息子を託して、私だけ先にビザの更新と用足しを兼ねて、香港へ(そんな訳で、トップ画像は1910年代の香港のポストカードです。ここも歩きましたが、現代とは大違い!)。

私がバンコクへ帰ってきて、夫とほぼ全快した息子が、入れ違いで北タイのチェンライへ。息子にとっては初めてのミャンマーとの国境。ここも歩いて越え(子供にはちょっと怖い雰囲気だったようですが)ビザも更新し、親切なホテルオーナー兄弟(おカマちゃん)にもかわいがってもらい、昨日バンコクへ無事に帰ってきました。

 

そんなことをしている間に、バンコク滞在も残すところあと10日間です。

バンコクを離れる前に、中断していたパターンを仕上げたいところです。これは、タイの地方で去年みつけた藍の手織りをつかう予定。

この布は、家族総出で綿花を育て、糸を紡いで藍で手染めして織られた布ですから、余すところなく使いたいものです。織っている途中で糸を替えてあるのですが、手染めなので糸の色の濃さがそれぞれ違います(タイらしい)。それがストライプのように段々模様になっています。これもデザインになるようなブラウスにします。

 

息子が「ママ、バゲット買ってきてね!」と言い残して出て行ったので、お店に行ったらサワードーブレッドしかありませんでした。ずっしりと重くてかみごたえがあり、これまたおいしいバターをつけたら、これもやっぱり絶品。タイ料理は大好きですが、パンもおいしいですよね。

大荒れの一週間

日本は大雪で大変な一週間でしたね。みなさまお元気でお過ごしでしょうか?週末も荒れるようですが、どうぞお気をつけてお過ごしください。

長野もマイナス10度近くまで下がる日が続いているようです。アトリエの土間に残してきたカブトムシの幼虫が凍っていないか(毛布をかけてきましたが)心配です。

 

今日は三日ぶりに固形食を食べました。というのも、どうも感染性の胃腸炎にかかっていたらしいのです。悪いものを出した後は、二日のあいだ、泥のように眠って治りました。人間の体って、ちゃんと治るようにできているんですね。でも、バトンタッチで息子が発症。体力があるためか、さすがに回復が早いのが救いです。

どこで拾ったのかわかりませんが、タイにいれば食あたりや感染症などよくあること。自炊すれば防げると思いましたが、そうでもありませんでした。でもまあ、日本でもインフルエンザの流行中ですし、火山の噴火、大雪などなど、、完全に安全な場所などありませんよね。どこにいても気を抜かずにいなければならないということでしょうか。

来月半ば、ちょうど旧正月の前にサイゴンへ向かいます。そろそろベトナムビザの申請をしなければなりません。

ベトナム大使館はわりあいと近くにあるのですが、ぞろぞろと行くのも面倒だなぁ、、と思いつつ、ビザ申請書を印刷するのにインターネットで調べていました。すると、一年前からeビザなるものが始まったとのこと。こちらの方は手続きも自宅(ネット)で済み、申請料も三分の一ほど。今回は試しにこちらを利用することにしました。

タイもこのシステムが始まると聞きますが、早く施行されてほしいものです。

アジアに来ると、藍染の布を探してさまよい歩くのですが、今回はそれは見送る予定です。行きたい場所はいろいろあるのですが、まずは長野の家に置いてあるストックを使ってからにしようと思っています。

(写真はすべて去年サイゴンで撮ったもの)。

バンコクより

大急ぎで荷物をまとめて日本をでてきました。

ギリギリまで仕事をして、どうにか予定のところまで終わったのですが、そのあとの家の後片付けと、持ってくるものの梱包で今回は手間取りました。毎年のことなのに、いつも出発前はバタバタです。

ちょうど長野では雪が降りはじめたとのこと。今年は雪だるまがつくれずに息子は残念な思いをしているよう。雪遊びは3月に日本へ帰るまでおあずけです。日本は急に寒くなったと聞きますが、みなさまも風邪などひかないようにお気をつけくださいね。

バンコクの住まいにもようやくwifiが入り、ネットにつなげるようになりました。こちらからも時々ブログをアップします。

 

ふじのおいしい時期を迎えたというのに、日本を出てくる前に満足に食べてこられませんでした。それが心残りです!(なので、せめて写真だけでも)。

雨のトレッキング

近所に熊が出ました。いつもカブトムシを捕りに行くスポット近く。

りんご畑もある場所のため、そのクマは処分されたそうです。かわいそうだけれど、実際に畑仕事をしている時や、家の庭先にクマがでたら、誰だって怖いですものね。

今年も恒例の戸隠トレッキングへ行ってきました。ここでもあちこちでクマ注意の看板を見かけました。今年は少ないと聞いていたのですが、、。

朝、戸隠に着くなり土砂降り。引き返すのも悔しいので、霧がかったドロドロの坂道を歩き続けました。

すると、目の前に池が広がり、気が付いたら雨が止んでいました。引き返さないで良かったです、、。

クマに遭遇しないように祈りながら、合計8キロほど歩きました。緑深く森の香りが充満する中、小川の水の音を聞きながら歩くのは心が安らぎます。ドロドロになったけれど、登山のような急な坂道もなく、とても楽でした。

またこんなところに出てしまった(参道は人が多い)、、、と思ったら、結婚式の写真撮影中カップルが。

去年会った、きのこと昆虫を売っていた二本しか歯のないおじさん。息子が楽しみにしていたのですが、今回はいませんでした。残念。

そして、竹細工店へ寄らずして、戸隠訪問は終わりません。この井上竹細工店さんと手力屋さんには必ずおじゃまします。今回は大きな背負い籠を抱えて帰りました。

………………….

さて、ようやく息子の夏休みが終わり、今日は二学期の始業式。プール通いの日々とも(さみしいけれど)さようならです。

棚田の絵も完成し、塹壕ラジオの自由研究もまとまり、オマケに塹壕を掘って中に入って写真を撮ってシメとした息子。嬉しそうに今朝登校しました。*塹壕とは、戦争中の兵士が掘って身を隠したタコツボのような穴です。

私も本格的に仕事へ戻ります。

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山へ

前々から息子と約束していた、乗鞍登山へ。乗鞍には、初心者でも登れる三千メートル級の山があります。

松本から小さな電車とバスを乗り継いで、まずは乗鞍高原へ。

乗鞍高原のある中部山岳国立公園には、熊注意報がでていました。所々に熊よけの鐘がぶら下がっているのを鳴らしつつ、茂みでガザゴソ音がするのにビビりながら森を散策。

標高1,500mの森の中は、さすがにひんやりしています。風通りがよい日向には高山植物が花を咲かせていましたが、風の吹かない日陰には、苔がびっしり生え、見たこともないようなキノコもあちこちに。あとでカメラを見たら、撮った9割がきのこと苔の写真でした。

平地でもそうですが、同じ森のなかでも、風や光のあたり具合により、気温や植生が少しずつ異なるんですね。

 

翌日、3,026メートルの剣が峰へ。

かつて山ガールだった母に、山の天気は変わりやすいので「朝ごはんとお昼ごはんをおにぎりにしてもらって、早く出発するように。お昼には山を降りるように」言われていたので、朝早く起きて出発です(←結局、山を下りたところで土砂降りになったので、これが正解でした)。

エベレスト登山でも、午前11時には下山しはじめるのだそう(夫の話)。

岩だらけの登山道も、息子はヤギのようにぴょんぴょん身軽に登り、あっという間に私たちを置いて先に行ってしまいました。

毎年、何かしら山に登っていますが、毎回「疲れた、疲れた」と道中ずっと駄々をこね、地面に突っ伏して泣いたりしていたのに、いつの間にこんなに体力がついたのでしょう?子供は、たくさん食べて寝て、毎日走り回りながら、少しずつ成長しているのだということを改めて感じました。

それに引き合え、私たち大人は、なにもしなければ下り坂を転げ落ちていくように体力がなくなっていくということでしょうか?なんだか悲しい、、。

80歳を超えていそうなクライマーもたくさん登っている様子に、夫が「日本人は健康だなあ」と。私も命のある限り、登山ができるくらい健康でいたいものです。

一歩で進むことのできる距離は少なくても、一歩一歩前進続けていれば、必ず頂上に到達するものですね。狭い頂上へ着くと、そこには小さな神社があり、神主さんもいました。あの神主さんも毎日登山をしているのでしょうか?(上の写真は頂上ではなく、途中の山小屋です)。

そういえば、登りはじめで、3人の男の子を連れたお母さんを追い越しました。

私たちが頂上に着いてしばらくすると、そのお母さんが一番下のちびっ子を背負って登頂。「すごいですねぇ」とおもわず声をかけると、「二番目の子が同じくらいの時にも、背負って登ったんですよ」と。私には絶対無理です。

眼下に広がる緑と花畑を眺めながら、帰り道も順調。お天気も持ちこたえました。

でも、下山するバスに乗ったところで、夫がスズメバチに肩を刺されたのです。座席にいたスズメバチに、知らずにもたれかかったところを刺されたそう。夫も「腕や脇腹がしびれて痛みが広がってきた」と言いだすので、私も焦りました。

バス停に到着したところで、ドライバーさんや周りの乗客も心配してくれ、バス会社の人がすぐに診療所へ連れて行ってくれました。時間外にもかかわらず、ドクターの診察を受けることができました(アナフィラキシーショックもなく、大事には至りませんでした)。

バス内の事故ということで対応してくれたのでしょうが、これが日本の外だったら、こんな丁寧にしてもらえるなんてことは、とても考えられません。「せっかく来てくれたのに、こんなことになってすみません」と、最寄りのバス営業所の所長さんが帰りがけにあいさつに出てみえました。

ハチに刺された夫には災難でしたが、これまた思い出深い乗鞍登山となりました。

家へ帰って来たら、夏が戻ってきていました。しばらく夏らしい暑さが満喫できそうです。

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もうすぐ帰国です

先日、近所のハスキーの子犬にみとれて歩いていたら、路上で行き倒れになっていたアミメニシキヘビを踏みそうになりました。道のまんなかで昇天したのを、誰かがバナナの枝で道の傍によせたような風情(?)です。

それにしても大きな蛇です。頭はアヒルの卵より大きく、長野の家の周りで見る蛇の何倍もの太さです。街中にこんな大きなニシキヘビがいるなんて。この辺にいるヒキガエルを食べにきて、心臓発作にでもなったのかなあ。そういえば、ペナンにも体長1〜2メートルの水トカゲがうろうろしていました。

熱帯というのは、爬虫類と共存エリアなのかもしれません(トイレの中から蛇がでてきたという実話をうっかり話してしまい、息子は怖がって、しばらくトイレに行かれませんでした)。

スーコタイ歴史公園にて Sukhothai 2015 
スーコタイ歴史公園にて Sukhothai 2015 (この時の )

 

さて、もうすぐ帰国です。

チャイナタウンやリトルインディアで食材の買い物もすませ、貝ボタンも調達しました(いつも買っている貝ボタンが日本製だったことを、今回初めて知りました)。膨大な荷物ですが、これも梱包をすませて、あとは日本へ帰るのみ。

31日でwifiを切ってしまうので、次回のアップは日本へ帰ってからします。

スーコタイ歴史公園にて Sukhothai 2015 
スーコタイ歴史公園にて 後ろに遺跡が Sukhothai 2015

 

スーコタイ歴史公園にて こちらも後ろにクメール風の遺跡 Sukhothai 2015 
スーコタイ歴史公園にて こちらも後ろにクメール風の遺跡 Sukhothai 2015

サイゴン 続き

ベトナムに来るといつも思い出すのは、小学校6年生の時に同じクラスにいた、ベトナム難民の大人びた女の子たち。彼女たちの兄弟姉妹が各学年に散らばっていました。

ベトナムの家族や実家の写真を見せてもらったのですが、それが結構な豪邸。子供心に「裕福な家庭の子供なんだなぁ」と思ったのを覚えています。確か、二人ともベトナムに両親を置いて、兄弟だけで日本に避難していました。

外国に興味深々だった私は、彼女たちと仲良くしていて、うち一人の家にも食事に招待してもらいました。一番上のお兄さんが働いていて、小さな部屋に兄弟みんなで暮らしていました。

その後、二人とも私も引っ越してしまい、それっきり。あれからもう30年以上経ちましたが、祖国に戻ることができたのでしょうか?

中庭 HCMC Fine Art Museum/胡志明美术馆 Bảo tàng Mỹ thuật thành phố Hồ Chí Minh
ひっそりと静かな中庭  HCMC Fine Art Museum/胡志明美术馆 Bảo tàng Mỹ thuật thành phố Hồ Chí Minh, Vietnam

 

サイゴンで一番古いエレベーター HCMC Fine Art Museum/胡志明美术馆 Bảo tàng Mỹ thuật thành phố Hồ Chí Minh, Vietnam
サイゴンで一番古いエレベーター HCMC Fine Art Museum/胡志明美术馆 Bảo tàng Mỹ thuật thành phố Hồ Chí Minh, Vietnam

 

中庭 HCMC Fine Art Museum/胡志明美术馆 Bảo tàng Mỹ thuật thành phố Hồ Chí Minh
HCMC Fine Art Museum/胡志明美术馆 Bảo tàng Mỹ thuật thành phố Hồ Chí Minh, Vietnam

 

郵便局へもう一度行く。アオザイ姿の女性発見。Central Post Office Bưu điện Trung tâm Sài Gòn
中央郵便局へもう一度行くと、アオザイ姿の売り子さん発見。Central Post Office/Bưu điện Trung tâm Sài Gòn, Vietnam

 

ベトナム滞在もここ最近、ぐっと快適になりました。かつては、滞在中ずっと目を三角にしていたのが嘘のよう。

ベトナムのタクシーといえば、改造メーター、意図的に遠回りされたり、よくわからない上乗せ料金を請求されたり(払いませんけどね)で有名でした。私もこれまでの苦い思い出が山盛り。今回はタクシー会社2社を利用しましたが、トラブルなしでとてもスムーズ。運転手さんたちの平均年齢もぐっと若返っていました。世代交代というところでしょうか。

今では安心して乗る事ができるバンコクのタクシーも、かつては同じ手口で悪名高かったそうです。だんだん国民の経済状態がよくなって、外国人をボラなくてもやっていけるようになるんでしょうか。国際基準になっていく過程はどこも似ているのかも知れません。

街には活気があふれ、みんな目をキラキラさせて働いているし、、、。なんだか、どよ〜んとしているバンコクとはかなり違います。日本もうかうかしていると、すぐに追い越されそうです。国として長い長い歴史があり、外国からの侵略と戦い続けてきた国なのですから。若い人口も多いし、どんどん伸びていくでしょうね。

自分の生きている間に、一つの国がこれだけの変貌を遂げる姿をみられるというのも、なんだか感慨深いです。

疲れた〜
疲れた〜

 

4歳で滞在した時は「こんなところ(サイゴン)、ぼくのやる事ないよー」と泣いていた息子も、今回の滞在を楽しんだようです。

タイのように、うろうろする犬たちに追いかけられる心配もなし(そんな犬は食べられてしまうんでしょうか)。タイは犬相(人相)の悪い犬がたくさんうろついていて、大の犬好きの私でも、日が落ちてからは道を歩くのが怖いと思うほど。

辛いタイ料理と違って、マイルドなベトナム料理は子供の舌にあっているようです。すべて食事は完食。次回のサイゴン滞在では、料理教室に行きたいと息巻いています。私も行きたいわー。

相変わらずのバイクの洪水。
相変わらずのバイクの洪水。道を渡るのもやっと慣れました。夫が歩くと、モーセの十戒のようにバイクの波が割れます。Công trường Quách Thị Trang, Saigon, Vietnam

 

バイクの洪水の中を自転車で ベテランおばあさん
バイクの洪水の中を自転車で ベテランおばあさん Công trường Quách Thị Trang, Saigon, Vietnam

サイゴン

所用でサイゴン(ベトナムのホーチミン)に来ています。

気温38度のバンコクから来ると、32度のサイゴンが涼しく感じます。

ここには来るたびに高層ビルが増えています。二年後には地下鉄も開通するそう。この写真のような植民地時代の低層の建物は取り壊されてどんどん少なくなり、街もどんどん変わりますね。

行き交う人々の服装もすっかり今風になり、通りを走る車の数も増え、初めてベトナムに来た十数年前に比べると、別の国にいるような気がします。

 

 

街の中、珍しくアオザイ姿の女性がいる!、、、と思ったら、この二人は日本人でした。こちらで仕立てたばかりなのでしょうね。満喫している姿が楽しそうで、なんだかうらやましくなりました。ドーナツ売りの兄さんは、このまま頭にお盆を乗せて去っていきました。

 

全身スーパーマン(ケープ付き)の服でおしゃれしていた兄弟。母子で記念撮影しているところを横からパチリ。

 

街中の中高等学校。中庭もあり、とても美しい建物です。こんなところで毎日過ごせるなんて、いいなあ。日本の公立学校なんて、コンクリート造りですもんねぇ。

Local high school "Trường THPT chuyên Trần Đại Nghĩa"
Local junior high school “Trường THPT chuyên Trần Đại Nghĩa

暑期

住んでいるアパートに張り紙があり、今日はお昼から夕方まで断水になるということ。プールにも入れないし、少々不便なので、お昼に外出しました。

一歩外へでると、熱風が吹き荒れています。それもそのはず、最高気温は37度。体感気温48度だったようです。

そういえば先日、タイの気象庁も「暑期に入りました」と宣言したようです。日本でも、梅雨入りすると、気象庁が一歩遅れて宣言するのと同じでしょうか。

最近どうも、鈴を鳴らして通りを行き交うアイスクリーム売りの数が、ぐっと増えたような気がします。タイの人でも暑くなるとアイスクリームを食べたくなるのかなぁ?単に自分が食べたいと思っているから、よく気がつくだけなのかもしれません。

 

 

暑いうちに、来年の夏もののデザインをしています。秋冬ものは全然思いつかなくて困るのですが、バンコクの暑さのおかげで、真夏ものはスイスイです(春夏服専門になろうかとも思うほど)。

ここのところ、インドのカディコットンを織ってもらっている工房とやりとりをしています。いつもの生地のほかに、新しいものをお願いすることになっているのです。

とはいっても、相手はあのインド。びっくりするほど軽くて魅力的な生地を作ってくれることには脱帽ですが、お願いしていたのと全く違うものが届いたり、関税の額に目の玉が飛び出たり。送ってくるはずの時期に届かないのはいつものことですし、、、、必ず何か起きるので、気が抜けません。

服の形になって、みなさまにお見せできるのは随分先のことですが、楽しみにしていてくださいね。

 

これらの写真は一年ほど前にチャイナタウン周辺で撮ったもの(最近はカメラを持ち歩いていないので、新しい写真がありません)。

豆鼓や花椒を買いに寄った下のお店。店先に据えてあるお茶スタンドでは、羅漢果、菊花茶、王老吉や廿四味茶(二十四味茶)などの涼茶を売っています。こんなお茶スタンドは、香港や台湾でご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか?タイなのにチャイナタウンは、やっぱり中華圏ですよね。

龜苓膏(亀ゼリー)や羅漢果のジュースは、ペナンにいた時に涼茶舗で食したのがとても甘たるかったのです。効能はあるのでしょうが、常食したら逆に病気になりそうな気分になりました。

涼茶なら漢方みたいなのかな?一度飲んでみたいです。日本に帰る前に、もう一度買い出しにいくので、その時に寄ってみます。

 

あと一ヶ月

「偽物です」

中国で使った中国元の残りが結構ありました。両替するつもりで、いつもの両替商へ持って行きました。

タイバーツに替えてもらうつもりだったのですが、カウンターで何枚かつき返されて「これは偽物ですよ」と。

「どこが違うの?」と聞くと、UVライトを照らしてくれました。偽札と言われたものは、浮き上がってくるはずの数字が確かにありません。その数、全体の約8%。ほとんど中国の某大手銀行で両替したものなので、なおさら衝撃です。

 

そういえば、広州でタクシーの運転手さんにお金を渡したら、「これは偽札だよ」と言われたことがありました。その時は、他に持ち合わせがなかったので困っていたら、運転手さんが「しょうがないな、それよこしな」と受け取ってくれたのです。もうババ抜き状態なのでしょうか。 喉元過ぎれば熱さ忘れる・・・そんな調子で、私もそのことをすっかり忘れていました。

 

タイでは、知っていて偽バーツ札を使うと、15年の懲役とも聞きます。中国ではこれは日常茶飯事のようなので、お店などで受け取ってもらえないだけの事なのかも?

調べてみると、中国ではATMでも偽札がでてくることもよくあるようです(本当でしょうか?!)。知らないというのは怖いこと。8%で済んだのは、まだ良かったのかも。これから気をつけないといけませんね(UV線のついた懐中電灯を買おうと思います)。

 

カニ・カニ・カニ

いつも行く市場へ、青いパパイヤを買いに寄ったついでに、魚介売りのお店をみてみると、珍しくカニが。ハサミを縛られ、氷の上に並べられていました。ここ最近カニを探していたところ。鼻息荒く、一キロ弱買ってきました。

先日、海老でパッポンカリーを作ったらとてもおいしかったので、今回はカニでプー・パッポン・カリーを作ることに(ソンブーンお得意様のYさん、貴重な情報をありがとうございました!)。

火が通りやすいようにカニは半分に切りましたが(←魚介類をさばくのは夫の役目)、お店で食べるのは丸ごと入っているようですね。カニをココナツオイルで炒め、ココナツミルクやスパイス、チリペーストを入れて煮た後、卵でとじます。

レシピのスパイスをみてみると、タイのカレーというよりも、インドのカレーの内容(フェネグリーク、クミン、ターメリック、コリアンダー、マスタード、生姜)に近いようです。インドの香りを取り入れた中華料理、という感じでしょうか。

タイのカレーのような辛さがなく、息子も大好きな味です(←普段はタイ料理を食べないので困ります)。

タイ滞在もあと一ヶ月となりました。長野へ帰る前に、イカや魚でも作ってみたいです。

藍染めの街 その2

とあるお店に展示してあった藍染めの材料 左の丸いカゴに入ったのは、固形状になった藍ですね こちらの工房では、藍建てにココナツの灰やスターフルーツなどを使うようです。

続きです。

宿からでてすぐの通りには、市場がたっています。これも午前中限定の朝市でした。お昼頃になると、みんな蜘蛛の子を散らしたようにいなくなってしまうのです。

糸を紡ぎ、育てた藍で染め、村人みんなで織ったものを持ってきた女性もお店をだしていたのですが、お昼過ぎに通ったときには、もういなくなっていました。残念、、。

昼間暑くなるタイの気候では、このシステム(?)はとても合理的ですね。みんな、一仕事終え、家に帰って休んでいるのでしょうか。

そういえば、前回の滞在では、夜の7時半をすぎて外にでたらすでにシャッター街。食べるところを探すのに苦労しました。(この街では、夜になると妖怪でもでるのかも)。

朝市にて。昼頃になると、蜘蛛の子を散らしたように誰もいなくなってしまいます。(手前に亀の入ったボウルがあったのですが、うまく写ってなくて残念)。
朝市にて。(手前に亀の入ったボウルがあったのですが、うまく写ってなくて残念 ←亀はスープにでもして食べるのでしょうか?)。

 

村の人が織った藍染めのパーシンを売っていた女性たち。
村の人が織った藍染めのパーシン(サロンスカート)を売っていた女性たち。

 

とあるお店に展示してあった藍染めの材料 左の丸いカゴに入ったのは、固形状になった藍ですね こちらの工房では、藍建てにココナツの灰やスターフルーツなどを使うようです。
とあるお店に展示してあった藍染めの材料 左の丸いカゴに入ったのは、固形状になった藍ですね こちらの工房では、藍建てにココナツの灰やスターフルーツなどを使うようです。

 

こちらは天然染料の材料
こちらは天然染料の材料 マリーゴールドやキーレック、マンゴスチンなど

 

マンゴーの木にたくさん実がなっていました。トタンの塀がいいぐあいにボロボロに。

 

おしゃれなカフェ(多分)もちらほら

 

今回の滞在もあっという間でした。

帰りの飛行機の窓から下をみたら、小さな街の周りに田畑が広がっています。今回知り合った藍の村の人たちは、ここから来ているのかな?あちらの村かな?と思いながら出発。無事にバンコクへ帰ってきました(帰りはジェット機でした!)。

次回はちょっと足を延ばして、藍染めの村へ行ってみるつもりです。

藍染の街 再訪問

藍染の街に再び来ています。ちょうど一ヶ月ほど前に来た街です。

バンコクから飛行機で入ったのですが、なんと今回は小さなプロペラ機でした。そのプロペラ機、バスに大きな扇風機がくっついたかのような風体。きっとこの路線は乗客数が少ないのでしょう。機内に入ると、一列4席しかなく、内部もまるでバスのよう。一瞬不安になります。

そういえば、ボーディングゲートで待っている時、2歳にもならないような男の子が走り回っていて、いや〜な予感がしたのです。

案の定、飛行機にのるやいなや、その子が大声でギャンギャン泣き叫んでいました。そうだよね、怖いし、泣きたい気分だよねぇ、私も泣きたいよ〜、、と、かわいそうに思ったのですが、その後すぐ私は熟睡モードに入ったようで、まったく記憶がありません。

それにしても、こんな時、白い目で見たり、苦情を言ったりしないタイの人。お母さんたちにとっては、子育てしやすい環境でしょうねぇ。

着陸直前にもかなり揺れ、となりの席に窮屈そうに座っていた、キチッとスーツを着た大きな体のタイ人男性が、前の座席にしがみついているのを見てしまいました。彼も泣きたい気分だったのかもしれません。なにはともあれ、生身のまま着いてよかったです(前置き長いな)。

ちょうどバンコクも蒸していて雷雨の予報だったところ。到着前にここへも雷雨が来たらしく、空港のまわりは沼と化していました。街中は涼しくてまるで避暑地にきた気分。爽やかさに歌でも歌いたくなります。

 

一歩バンコクから離れると、やはり別世界です。木造のタイの家が立ち並び、路上にねこや犬がうろうろしていて、人ものんびり。みんな恥ずかしそうにニコッとするのがバンコクの人と違います。タイらしさのまだまだ残る地方都市、やっぱり居心地良しです。

週末なのにガラガラの大通り
週末なのにガラガラのメインストリート このあと犬に吠えられてここから退散

 

こんな家も普通に残っていてびっくり
こんな家も普通に残っていてびっくり

 

早速でかけ、街をうろうろして、藍染めの手紡ぎ手織りストールをみていたら、おしゃれなタイ人カップルが。旦那さんが、買ったばかりらしいストールをしていたので、どこで買ったのか聞いてみました。ついでに立ち話。二人ともバンコクから来ているとのこと。奥さんがアーストーンで非常に控えめな色合いの織りのサロンスカートをはいていたので、そちらも聞いてみれば北タイで買ったとのこと。

タイにはまだ探せばあるんですね、そんなすてきな織りの布が。街の名前も聞いてきたので、ぜひ次回行ってみなければ。

今日の収穫 Indigo scarfs I got today
今日の収穫 Indigo scarves I got today

 

布やマッドミー(イカット)のパーシン(サロンスカート)を買おうと思っていたのですが、今回はストールばかりになりました。昨日も今日も、紙袋をたくさんぶら下げて、遭難しそうになって宿にたどり着きました。

前回シンプルな藍のスカーフを扱っていた男装の麗人もいなかったし、カゴ売りのおばちゃんもいませんでしたが、織りの先生に話を聞いたり、家族で藍を栽培して織っている若い女の子に話を聞いたり、学ぶことも出会いもありました。

それにしても、このストールたちの柔らかさ。綿をふっくら紡いであるので、まるでカシミアのような手触りのものもあります。ひとつひとつ織りの具合もまちまちなので、直接見て選んでいただいたほうがいいかな、、。春と秋の展示に持っていきますね。

 

タイティーでひとやすみ
タイティーでひとやすみ 飲むたびなぜ赤いのか不思議なのですが、誰に聞いても訳を知らない。

3/5追記:タイティーやラオスティーが赤いのは、キュアリングと呼ばれれる加工処理の後に、タマリンドの種を加えるためだそうです。タマリンドは、トムヤムクンに入っている酸味のある豆です。東南アジアでは藍染にも使われています。

 

カリカリポークと空芯菜の炒め物。目玉焼きと。My late lunch; Pad Pak Bung Fai Daeng with Moo Grob.

遅めのお昼ご飯。オムレツを頼んだのですが通じなかったよう←でもそんなのどうでも気にしません。自分で作った空芯菜炒めよりも30倍おいしくてワナワナと感動。おじさんに「美味しかった!」と伝えると、ニコニコしながら「そうか!ところで、君はフィリピン人?」と返されました。

 

日が暮れると空気も冷たく、フェイクファーのジャケットを着ている若い女の子たちをお寺の周りで見かけました。フェイクファー、流行っているの?私もジャケットを持って来ればよかったと思いましたが、さすがにファーコートはね、、。タイの人の体感温度がまったく違うことをこんなとき思います。

猫たちも前足を丸めて縮こまっていました。彼らにとっても寒いようです。

藍染めの街

バンコクへ帰りがてら、藍染めの街を通ってきました。

下調べしておいた、藍染めや織りをしている郊外の村へ行ってみたかったのですが、車をチャーターできるかホテルで聞いてみても、手応えのないフニャフニャの答えに出鼻をくじかれます。

時間もないし、(旅行も終盤で疲れていたし)、それなら布だけでも少し手に入らないか、、、と思い、クラフトを扱っているOTOP(一村一製品運動)のショールームへ行ってみるも、中は夜逃げでもしたかのようにがらんどう。

が、たまたまその隣にあった商工会議所のお姉さんに思い切って聞いてみると、なんと日本語のできる友達に電話をかけてくれたのです。聞けば、藍染めのお店が並ぶ通りがあるというではありませんか。タイ語ができなくても、あたって砕けてみるものですねぇ。

昔ながらのタイスタイルの家が並んでいます
昔ながらのタイスタイルの家が並んでいます

 

ここで持ち手のついた籠を購入
途中、ここで持ち手のついた籠を購入。籠売りのおばさんは、午後に通った時にはすでに店じまいしていて、ここから籠ごといなくなっていました。

 

ここは普通のテーラー。藍染めの服も飾ってあります。

 

藍染め市にて。マッドミー(絣のスカート)を専門に売っていた女性。
マッドミー(絣)のパーシン(サロンスカート)専門のお店。もちろん、天然藍染めで手紡ぎ手織り。センスもよくて柄もきれいに縦横合っています。上手な人が織ったことがわかるのですが、はて、どうやって使おう、、?と考えると買うのを迷ってしまいました。

 

こちらのご夫婦はストール中心。マッドミーもありました。
こちらのご夫婦はストール中心。マッドミーも少しありました。

 

私の持っていた籠を見て「いくらだった?」と尋ねてきたおばあちゃん。自分の自慢の籠をだしてきて「私のはここんとこが細いんだよ」と。二人ともマッドミーで作った巻きスカートやパンツを着用しています。
私の持っていた籠を見て「いくらだった?」と尋ねてきた右のおばあちゃん。自分の自慢の籠を家からだしてきて「私のは、ここら辺の目がこまかいんだよ」と。二人ともマッドミーで作った巻きスカートやパンツを着用しています。

 

タイティーで一服。
タイティーで一服。

 

細いダイヤ模様に柄が浮き出た藍染め布。手織り。二巻き手に入れました。
細いダイヤ模様に柄が浮き出た藍染め布。こちらも天然藍染めの手紡ぎ手織り。二巻き手に入れました。

 

体調不良で始まり、実りのないかに見えた今回の旅も、藍染め布やストールを手に入れることができ、よいシメとなりました。次回は買う気でスーツケースを持って出直します。

オリオン座

タイに戻る予定を変更して、もう少しラオスにいることに。

のんびりしたラオスにいると、時間が過ぎるのを忘れてしまいます。サバナケットはラオス第二の規模の都市だというのに、大通りも車は少なく、野良犬やヤギがうろつき、小さな市街地のすぐ後ろには、舗装されていない道が広がっています。日本の昭和50年代くらいの感じでしょうか?

空気もきれいで光害もないため、星がとてもよく見えました。手持ちの小さなカメラで撮ったのがこの一枚。オリオン座のベルト(三ツ星)も剣もよく見えます。

さて、滞在中にタイ領事館での用事も済ませ、今朝サバナケットを出てきました。

バスで街を出ると、トヨタやニコンの工場、セメントプラントや日系のペンキ工場などの横を通り過ぎました。タイや中国での人件費高騰にともなって、ラオスに工場が来ているようですね。雇用ができるのは、地元の人にとってはよいのでしょうが、このきれいな空気が変わっていくのも時間の問題かもしれません。

サバナケットにて

実は、バンコクを出てくる時に少々体調を崩していたので、サバナケットヘ来てから、宿でじっと静かにしていました。役に立たない私の代わりに、毎日夫が息子を外へ連れ出してくれたので、とても助かりました。

そんな訳で、今回は、布探しはおろか、籠探しもコーヒー探しもできなかったのです。でも、またラオスへ来ればいいかということで自分を納得させます。

夕方、博物館へ行き、街並みを眺めながらブラブラ帰ってきました。車もあまり通っていないし、のんびりしていていい街です。

建物を上手くつかっていて、とてもいい雰囲気のカフェ。夫撮影。Savannakhet, Laos
建物を上手くつかっていて、とてもいい雰囲気のカフェ。夫と息子がここで時間を満喫していたようです。夫撮影。Savannakhet, Laos

 

カフェ入り口。今日行ったら、食事メニューは終わっていました(泣)。Savannakhet, Laos
カフェ入り口。夕方寄ったら、食事メニューは終わっていました(残念)。Savannakhet, Laos

 

街並み Savannakhet, Laos
旧市街の街並み Savannakhet, Laos

 

ドアも気になります Savannakhet, Laos
ドアの朽ち具合も気になります Savannakhet, Laos

 

旧市街にはこんな建物がいくつもありました Savannakhet, Laos
旧市街にはこんな大きめの建物もいくつか残っていました Savannakhet, Laos

 

そういえば、ここは国境の街だけあって、タイバーツも買い物に使えるのです。

昨日は水を買いに小間物屋さんへ寄りました。たまたま店番をしていただけおばあちゃんが、私が出した100バーツのお釣りの計算に困っているところ、孫らしい10歳くらいの男の子が来て、「一本21バーツが三本、、、」とブツブツ言って計算しながら、手際よくキップでお釣りをそろえてくれました。あとで夫が計算してみたら「ぴったりあってる」と。

国境の街では、みんなこうやって二つ以上の通貨を使う技術(というのでしょうか?)ができるんでしょうね。ラオスキップはゼロが多いし、計算のできる人が多いに違いありません。息子もあのくらいパッパと算数ができるようになってほしいものです。

名残惜しいですが、明日、タイへ帰ります。

南ラオスから

南ラオスのサバナケットという街へ来ています。メコン川の対岸にタイが見えます。

 

バンコクから飛行機でタイの東北地方まで飛んでから、バス2台と乗り合いトラックを乗り継いできました。

この辺りでバスに乗るとロクなことにならないのはいつものこと。出発時刻から2時間待ってやっと出た国境越えバス。私たち外国人がラオス入国手続きに手間取っていると、そのバスはさっさと先に行ってしまったのです(普通は乗客が全部揃うまで待っている)。同じバスに乗ってきたドイツ人のおじさん達も置いていかれ、荷物もバスに乗せたままだったそう。急いでトラックに乗ってバス停に駆けつけるも、こんな時、苦情を言っても暖簾に腕押しです。

 

サバナケットは、ベトナム〜ラオス〜タイと道路がつながっているので、ベトナム系住人の多いこと。去年行った、南ラオスのパクセと同じく、ボラベン高原で栽培されているおいしいコーヒーも飲めます。

道を歩いていると、みんなニコニコして挨拶してくれるのが新鮮です。ラオス北のルアンナムターを思い出します。ニコリともしないバンコクっ子と全然違うんだぁ、、。

 

リトル・インディアにて

よいお年を!

 

年末だというのに、バンコクはそんな雰囲気ゼロです。家族連れの外国人をよく見かけるので、ああ、そういえばクリスマス休暇?というくらい。おせちもないし、なんだかあっけない年越しになりそうです。

さてみなさま、大掃除に買い出しに年賀状書きに、きっとお忙しい年末をおすごしのことと思います。今年も一年おつきあいくださり、どうもありがとうございました。よいお年をお迎えくださいね。来年もみなさまがご健康でお幸せな一年でありますよう、お祈りいたします!

 

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人台

 

日本から送ってもらった人台を、昨日は大急ぎで受け取りに行ってきました。

郊外にあるEMSセンターまでタクシーで向かい、パスポートのコピーを提出してから、番号を呼ばれるまで待機。柵で仕切ってある検査室は、ものものしい雰囲気でした。

申告物や送付方法によって関税率が決められているようで、ここで検査官は私の人台をチェックして関税率を調べ、計算で提示された額を払って、ようやく人台を受け取ることができました。

日本でインドのカディコットンを受け取った時、この何十倍もの関税を払ったのです。同じことが起きずによかった。胸をなでおろしました。

そういえば、箱から出された誰かのフライパンをゴンゴン叩いてチェックしている検査官もいました。EMSで送られたもの、または怪しいものはこのセンターに集められ、受取人が出向かないとならないようですね。

人台なんて送る人がほかにもいるのかな?国によって制度がちがうでしょうが、個人の荷物ごときで中身の説明をしに行かけらばならないとは、、こんなのは初めてです。

 

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リトルインディアにて

 

さて、今日は買い出しにリトルインディアまで行ってきました。

ペナンのリトルインディアに比べると、かなり小さな規模ですが、基本的なものは揃っています。お茶2種類とお茶請け、スパイスなどを買って、お昼ご飯にマサラ・ドーサとラドゥ(お菓子)を。タイ料理はおいしいけれど、たまには目先の変わったものを食べるのもいいものです。

布市場も見たかったのですが、今日のところはあきらめ。この後はとなりのチャイナタウンに向かいます。チャイナタウンはまた次回載せますね。

 

この通りに入ると、いきなりインド色になります。Little India in Bangkok
この通りに入ると、いきなりインド色になります。Little India in Bangkok

 

鮮やかなお菓子の色に見とれている人。ここのレストランでいつも食べます。Little India in Bangkok
鮮やかなお菓子の色に見とれている人。このレストランでいつも食べます。Little India, Bangkok

 

隣にシーク寺院があるためか、こちらは宗教関係物品を扱っています。お香もいろいろ。Little India in Bangkok
近くにシーク寺院があるためか、こちらは宗教関係物品を扱っています。お香もいろいろ。Little India, Bangkok

 

リトルインディアのど真ん中にある、中国寺。なぜでしょう?Chinese temple in Little India
リトルインディアのど真ん中にある、中国寺。なぜでしょう?Chinese temple in Little India, Bangkok

 

 

福建土楼の村 朝の散歩

みなさまはどんなクリスマスの週末をお過ごしでしょうか?

我が家は、普段と変わらない日曜日を過ごしています。「日本ではケンタッキーフライドチキンが大混雑だったそうだよ」とニュースページを読んでいた夫が言っていました。西洋で七面鳥を食べる習慣が、フライドチキンにうまくすりかえられたんでしょうか。

夫の一族は、イブに魚介類を食べ、クリスマス当日に七面鳥を食べるのだそう。魚介類は奇数でなければならず、緑の野菜と一緒に食卓にだされるのだそう。毎年同じ質問をして、ちっとも覚えられない私であります。

 

前国王が亡くなって、喪中のタイ。冬の日本ならともかく、バンコクでも、道行く人のほとんどが、黒い服か無彩色の服を着ています。百貨店などに行くと、婦人服売り場が黒と白の服で埋め尽くされています。普段、タイの人は鮮やかな服を着ていますが、こんなことは初めて。クリスマスツリーも見かけ、モールはキラキラして賑やかですが、人々の表情は硬いように感じます。

 

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さて、福建土楼の続きです。

 

滞在した竜岩市永定県の湖坑鎮洪坑村ですが、日中は観光客で大賑わいです。でも、朝早くは静かで、村の人の生活ぶりがみられました。霧もたちこめ、雰囲気抜群。散歩に最適でした。土楼めぐりもよかったけれど、私はこの時間が一番のお気に入りでした。

 

洪坑村
毎朝この道をそうじしているおじいさん。挨拶すると「おはよう!どこへ行くんだい?」と声をかけてくれました。Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

福裕楼(宿泊宿)の向かいにある、小さな規模の土楼 如升楼。
宿の向かいにある小さな土楼、如升楼。”Rushenglou” Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

朝市。奥のうさぎに注目。
朝市。左端は地元のうさぎ。(←宿で出してもらったのを食べましたが、まあまあおいしかったです)Morning market, Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

こちらは大きな土楼
こちらは大きな土楼、朝陽楼。 朝市帰りのおばあさんと。”Chaoyanglou” Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

今回の拠点にした「福裕楼」は、1880年から3年間かけ、10数万元の銀貨を使って建てられた土楼だそうです。これを建てた林三兄弟は、タバコ関係のビジネスで財を築いたのだそう。部屋数168、楼の敷地面積7,000平方メートルというのですから、日本では考えられない規模のお屋敷ですよね。

3日間で数々の土楼を訪れましたが、中でもこの福裕楼が土づくりにも関わらず5階建てと一番高く(五鳳楼という様式)、最も複雑なデザインをしています。今はあちこちホコリだらけですが、内部は彫刻などで装飾されて大変優雅でもあり、当時の繁栄ぶりを想像させるつくりでした

ここまで大きくて高くて堅牢な建物を建てて、跋扈(ばっこ)する強盗や野生動物から一族を守らなければならなかったとは。客家の人々持つ、家族の結束力を思わせます。

福裕楼。チベットのポタラ宮のようです。
福裕楼。チベットのポタラ宮のようです。”Fuyulou” Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

宿の看板犬。
宿の看板犬。”Fuyulou” Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

福裕楼の中で。
福裕楼の中で。”Fuyulou” Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

福裕楼の中
福裕楼の中 ”Fuyulou” Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

土楼は福建省のメジャーな観光地となってるようで、特に週末にはアモイから一日ツアーの観光客がどっと押し寄せます。穏やかな昔ながらの田舎を想像して行ったので、土楼によっては観光客で大混雑、お土産物屋ばかりで興ざめでした。「10元出せば最上階を見せてあげる」と、商売気旺盛な一族も。

一方で、誰もこない、ひなびた土楼にいたおじいさんたちが、「どこから来たんだい?中に入って見ていきなさい」と、ニコニコと話しかけてくれたのが、まったく正反対で印象に残りました。観光客の落とすお金が現地の人の生活を変えてしまうさまにも、はっきり境界線があるようで興味深く思います。

 

雲南省の最南端、西双版納傣族自治州を通った時(2012年)に、バスの窓からダイ族(傣族)の集落をいくつも見かけました。森の中にある集落の周りにはバナナの木が茂り、独特のタイ式の家々から煙が上がっている様子を見て、途中下車してみたいなあと思ったものです。今考えると、近くの大きめの街で宿を探して、そこから車をチャーターして行けば、行かれないことはない、、かな?

中国は広くて深く、見どころも行きたいところもたくさんあるので困ります!

次回の中国訪問は、苗族の藍染めを見に貴州へ行ってみたいです。

福建土楼の村巡り

Chuxi Village, Xiayang Town, Yongding County

バンコクへ来て6日目。とりあえずの生活用品も揃い、いつものアパートにようやく落ち着きました。実家の母が人台を発送してくれたそうなので、その到着を心待ちにしているところです。

中国の空気は年々悪くなるように思いますが、バンコクもそれに負けないほど。長野の澄んだ空気とは比べものになりません。でも、屋外で泳げるほど暖かいので、文句をいうべきではありませんね。

そういえば、広州で泊まった宿に屋内プールがあったので、息子を連れて入ってみたのです。「温水」とあったのに、どうひいき目に見てもそれは「常温水」。あまりの冷たさに、キャーと叫んですぐに出てきてしまいました。よく見れば窓も全開だし、プールにヒーターが入っているようには見えませんでした。いくら広州とはいえ、常温のプールでは泳げません、、。

 

話が逸れました。

 

中国滞在時、福建省の山奥の村にいたとき、wifiがうまくつながりませんでした。ブログのアップもできないままだったので、記憶の薄れないうちに2回に分けて載せていきますね。

 

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福建省アモイからバスで3時間半、車でさらに30分走ったところにある洪坑村を起点に、辺りにある客家(ハッカ)の土楼を見るのが今回の目的でした。村に着いてから、まずはドライバーを手配して、あちこちに点在するその土楼をみることに。

土楼とは、外からの外敵から一族を守るための外壁と住居を兼ねた建物で、円形だけでなく、長方形や正方形のものがあります。分厚い土壁と木でできていますが、日本の土壁のように竹などを組んで土を塗り重ねた壁ではなく、土のブロックを積み重ねた上に土を塗ってできているようです。

 

福建省漳州市南靖県書洋鎮 田螺坑土楼群
福建省漳州市南靖県書洋鎮田螺坑村 田螺坑土楼群を上からみたところ Tianluokeng Village, Shuyang TownNanjing County

 

高頭郷高北村の「承啓楼」
竜岩市永定県高頭郷高北村の「承啓楼」。入り口付近の人の大きさと比べると巨大さが際立ちます Chengqilou (King of Tulou), Gaobei Village, Gaotou Town, Yongding County

 

土楼の中 見上げるとこんな感じです 高頭郷高北村の「承啓楼」
土楼の中 見上げるとこんな感じです 同じく「承啓楼」Chengqilou (King of Tulou), Gaobei Village, Gaotou Town, Yongding County

 

干し柿 日本の作り方とは違いますね
干し柿 日本の作り方とは違いますね  Gaobei Village, Gaotou Town, Yongding County

 

塔下村にて
漳州市南靖県書洋鎮塔下村にて 土楼の中庭で料理をするおばあさん Ta’xia Village, Shuyang Town, Nanjing County

 

湖坑鎮洪坑村にて お酒を造るための薪の準備をしていたようです
湖坑鎮洪坑村にて お酒を造るための薪の準備をしていたようです Hongkeng Village, Hukeng Town, Yongding County

 

南靖県書洋鎮下坂村 土楼の隣にあった素朴な建物 タロイモなども地面に干してありました Shangban village Shuyang TownNanjing County

 

土と木という組み合わせでも、こうも日本と違うものが出来上がるのですね。

豪華なつくりの土楼でも、小さく質素な建物でも、親しみを感じるのは、これらが土と木を使って、コツコツと人間の手で作られているからでしょうか?

古い建物がコンクリートの巨大な箱に置き換えられ、道が拡張され、どんどん変わって行く中国の街並みを考えると、このような村々が残っていること自体が驚きです。

鼓浪嶼(コロンス島)

バンコクに無事到着しました。

広州から、初めてのスリランカ航空機に乗り、映画を一本みたり、おいしい機内食とセイロン紅茶の爽やかさにびっくりしたりいるうちに、あっという間に到着。このままスリランカへ行ってみたいなぁ、、と思いつつ(飛行機の最終目的地はコロンボ)バンコクで降りました。

昨日はいつものアパートに行って契約してきたので、これから生活用品の買い出しです。アイロンも買わなきゃ、、(仕事に使います)。

タイに来てから、まだ写真も撮っていません。代わりに、アモイ滞在時に行ってきたコロンス島の写真を下にアップしますね(上の写真もコロンス島です)。

 


 

アモイから500mほど離れた位置に浮かぶこのコロンス島へ、フェリーで行ってみました。この島には、アヘン戦争の後に米、英、日、独、仏の領事館が作られ、華僑などの建てた赤いレンガの洋館が建ち並びます。

アモイを代表する観光地だけあって、どこも人、人、人、、、観光客の多さにびっくり(私たちもそのうちの3人ですけれど、、)。すいている裏道を選んで歩いてきました。

 

 

大きな洋館は、美術館、ホテルやレストランなどに改造されているものもありますが、空き家状態の豪邸も多く、木が建物に覆いかぶさるように生えているところも。このジャングル具合はさすがは南国。お屋敷もこのまま朽ちていくだけなのでしょうか。

 

 

 

広州最終日

山奥の村にいたときに洗濯ができなかったので、温暖な広州にきてから洗濯三昧です。今回も、「海へ・・」、折りたたみバケツ、ハンガーのセットを持ってきました。

紺色に染めたこのリネンのシャツコート(下の画像)を、毎日のように着ていますが、これが大変重宝しています。生地も中薄手なので、夜洗えば、朝には乾いています。

暑ければキャミソール、肌寒ければ長袖のTシャツを下に着ます。薄手のセーターの上から羽織るコートにもなるし、両脇ポケットに切符だのペンだの細々したものが入るし、今更ながらとても便利なことに着がつきました。運動量もとってあるので、バックパックを背負っても、袖の動きに不自由ありません。

膝下まで長くて、ボタンがズラッとついている服はいいな、と着てみて改めて思います。春と秋が1~2週間で終わってしまう長野では、こういった中間服はあまり着る機会がないのです(毎日作業着ですしね)。

リネンのシャツコート
中薄手のリネン、天然藍と五倍子で染めたシャツコート。確か、2年前の秋冬向けに作ったものです。

We were in Guangzhou for a few days six years ago on our first winter trip as a family. Our son was only four years old then.

We stayed in an area near the Pearl River and the Swan Hotel. My husband had eaten lunch at the Swan Hotel in 1989, had walked to a then-nearby outdoor food market selling all sorts of animals for food, found very few cars on the streets, and a much flatter skyline. . .China was a different place then with few foreign travelers, and absolutely no local ones, just two months after Tiananmen.

Six years ago, 21 years after my husband’s first visit, the Swan Hotel had become a kind of staging area where foreigner couples could be seen in a nearby playground with Chinese toddlers they planned to adopt and in the adjoining small park we watched middle-aged Chinese couples practicing ballroom dancing and tai chi early in the morning.

This year, we stayed in a different neighborhood in Guangzhou, near a small park, something we look for before booking as a place where our son, now 10, can use the exercise machines or just run around. This year, we saw many Chinese tourists both domestic travelers and those from Hong Kong and Taiwan, wherever we went, but few foreigners.

We found the food better prepared and tastier six years ago, but that may have been just our hit-and-miss experience in choosing restaurants. We ate nothing particularly interesting this time, nothing memorable.

Prices had risen, too, in the past six years, not unexpectedly, prices for everything. People were warm and mostly helpful.

The Chinese Government seems to be promoting domestic tourism, now that its country’s middle class has grown and has more money to spend, and catering less to the foreign visitors still traveling to China. Frankly, there is less of traditional China to draw outsiders, and local people travel mostly on bus tours, taking selfies, buying inexpensive and cheaply made souvenirs, and moving quickly on to the next too-crowded site.

This year, we spent two weeks in China, all the time my son and I could spend in that country without a visa, and saw some interesting places in Fujian and Guangdong provinces (about which I will write more in another entry) and hope some of it sticks with our son and broadens his life (and ours) in some way.

以下は広州ぶらぶら歩き最終日の写真です。

「西関大屋」エリアにある宝源路にて
「西関大屋」エリアにある宝源路にて

 

緑が多い
どこも緑が多い

 

お茶屋さん

 

水の配達。すごい重さでしょうね。

 

エッグタルト、平たい餅(ビン)、サクサクの酥(スー)と呼ばれる焼き菓子などを売っています。
エッグタルト、平たい餅(ビン)、サクサクの酥(スー)と呼ばれる焼き菓子などを売っています。

 

西関 広州
「西関」と呼ばれる建築。ドアが3重になっている様式は初めてみました。

 

広州 茘湾民俗博物館にて
西関民俗館にて

 

民俗博物館の中庭にて。やっぱり中国は石の文化ですね。
石の残骸? 同じく民俗館の中庭にて。やっぱり中国は石の文化ですね。

 

明日はいよいよバンコクへ移動です。

広州2日目

ビザ申請のため、今朝は地下鉄を乗り継いてタイ領事館へ向かったものの、到着するとそこには領事館がありませんでした。総合受付で紙切れを渡されて「ここに移築しました」とのこと。そんなーー。

その場所がいったいどこなのか、同じフロアのにいた銀行勤めのお姉さんをつかまえて聞いてみると、その紙切れをみて「appがあるから」と乗り換え情報を調べてくれました。ここでも親切に助けられました!しかし、スマホって便利ですねぇ。

 

中国はさすがに大きな国だけあって、バスの停留所間も、地下鉄の駅間も大きく離れています。地図上ではすぐに見えても、かなりの距離を歩くことも度々。今回も延々とだだっ広い道を歩いて、ようやく領事館に着きました。

そうしてたどり着いた領事館ですが、中国の観光客向けなのか、中国からのビザ申請にはたくさんの書類提出を求めていたのです。なので、ここでは私たちは申請できないことがわかってがっくり(国によって要件が違うのです。ベトナムで申請したときには、あっさり取得できたのに)。

仕方なく、すごすごと領事館を後にしたのでした。

こんなこともありますね。

 

 

 

帰りはまた古いエリアの散策です。ここには、科挙の受験者を支える書院と呼ばれる学校がたくさんあったそうです。いくつか残っていましたが、中が公開されていないのが残念。

 

 

 

広州到着

昨日、山奥からバスで2時間山道を走り、となり街へ移動しました。

そのとなり街の駅で、予約しておいた広州行き夜行列車の寝台券を受け取るはずでした。が、わたしと息子のパスポート番号が、予約時に見覚えのない番号で申請されていたことが窓口で発覚。「番号がマッチしないと発券できません。決まりです。」と言われ、頭が真っ白に。夫の番号だけは問題なく照合できたのですが。

予約をキャンセルして、後日発の列車を予約したら?と言われたのですが、そう簡単に引き下がるわけにはいきません。「こんなところで一泊するなんていやだーっっ」と叫びたいのをこらえて、窓口にかじりついていたら、偶然後ろにいた英語の話せる青年が助け舟をだしてくれ、窓口のお姉さんも協力的に上の人に話をつけてくれ、めでたく(?)発券してもらうことができました。あぁ、こんなところだなんて言ってごめんなさい。

こんな時、人の親切をつくづくありがたく感じます。

そんなわけで無事に昨晩の夜行列車に乗ることができ、早朝広州へ到着しました。

寝台列車の上段に乗ってみる息子(落ちるので実際に寝たのは下段です)

 

広州での一番の目的はベトナム領事館へ行くことだったのですが、予定を変更してタイビザを取ることに。時間もあるので、街をブラブラ。食の街だけあって、食べ物やや甘味やが軒を連ねています。レンガ造りの建物も時々見かけます。

移動みかん売り

 

 

広州 レンガの建物
こんなレンガの建物も時折見かけます

 

広州 山羊肉店
山羊か羊の頭がぶら下がっています。看板をみると「山羊」と書いてあるので、山羊専門店なのでしょうか?

 

書の筆や紙がいろいろ

 

山奥へ

アモイを出てバスで3時間半、それからさらに車で30分走ったところにある村へきています。インターネットの接続がなかなかできず、アモイでの写真もアップできないままですが、また追ってのせますね。

 

 

 

 

アモイより

昨日アモイに着きました。あまりの暖かさに、着くなりタケノコのように冬服を脱いでしまいました。

アモイは、中国福建省の主要な港町で、ちょうど台湾の向かいに位置しています。

清がアヘン戦争で英国に負け、南京条約という不平等な取り決めと共に開港させられた港が5つありますが、このアモイがそのうちの一つ。そのため、領事館や洋館が立ち並んでいて、ちょっと広州の租界地のような雰囲気もあります。

 

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宿のバルコニーから。周りには洋館がたくさん。

 

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ブーゲンビリア木に花が咲いているのを見かけます。暖かいんですね。

 

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ひとりでレンガ工事をしていたおじさん。この二輪車、日本ではみかけないデザインなのが気になりました。

 

福建省はお茶どころとして知られるだけあって、お茶屋さんが至る所にあります。茶葉を売るだけのお店から、カフェ風のお店、お茶スタンドなど、種類もいろいろ。

中国ではどんなホテルでも、お湯を沸かすポットとお茶が備え付けられています。たいていは香りの抜けたティーバッグだったりするのですが(←高級ホテルについては知りません)。

今回のホテルに置いてあるお茶は、青茶(半発酵茶)の真空パック。ティーポットでいれてみると、手摘みらしく、フルリーフの茶葉がうわーっと広がっています。香りも非常によく、とてもおいしく飲んでいます。ホテルに置いてあるお茶で、こんなことを思ったのは初めてです。さすがは福建省。

 

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お茶どころの福建省だけあって、こんな茶葉を売る店兼お茶スタンドが軒を連ねています。

飯綱山へ

山登り

山の日の翌日、飯綱山へ登ってきました。

大阪から来るきょうこさんが飯綱山に登るというので、私は一緒に行ってとなりの戸隠で竹籠屋さん巡りをしようかとも思ったのです。が、両親に聞けば飯綱山なぞ長野市の小学生レベルの山(1,917m)だということなので、私も息子を連れてきょうこさんのお供をすることに。

 

飯綱山の登山道に入ったところ
飯綱山の登山道に入ったところ

 

登りが続きます
登りが続きます

 

2016-8-14 - 1 (2)
山野草が目を楽しませてくれました。

 

あざみやりんどうも咲いています
あざみやりんどうも。

 

小学生レベル=初級の山だと思いこんでいたら大間違い。けっこうな登りが延々と続き、足元に大きな岩が多くて滑りやすい。私の体力がないだけでしょうか?ペナンヒルのものすごい急勾配続きの坂もスイスイ登っていたきょうこさんは、今回も足取り軽い軽い。

高山植物が色とりどりに咲く小道を通り、標高が上がるにつれて空気が冷たくなっていくのが心地よく、爽快な登山でした。時間を大幅にオーバーして頂上に到着。息子は時々地面にバッタリ倒れて泣き言を言っていたのに、頂上に着けば「あと3回登りたい」とたわごとを。

 

霞みがかっていて残念ですが、後ろはパノラマ風景。長野市街もみえました。
霞みがかっていて残念ですが、後ろはパノラマ風景。長野市街も向こうに広がり壮観。

 

あともうちょっとで頂上
あともうちょっとで頂上

 

考えてみれば、自宅近くのお寺から、この飯綱山の頂上が見えるのです。息子が赤ちゃんの頃に「いつかあの山に登ろう」と夫が息子に言いつづけていただけに、とうとう登ることができてちょっと感動。夫は今回は留守番していたのですけれど。

きょうさんが飯綱山へ登ると言い出さなければ、今回登ることもなかったでしょう。日本には(長野には)登りやすい山がたくさんあるのですから、もっと行かなければいけませんね。きょうこさん、どうもありがとう。また来夏どこかへ登りましょう!

 

飯綱 帰り道。石ゴロゴロの道が続きます。
帰り道。ゴロゴロ石の道が続きます。

 

帰り道、戸隠神社の近くで、歯が二本しかないニコニコ顏のおじさんが、昆虫やきのこを売っていました。今年は捕まえられていないカブトのオスを買って、息子は大満足。

私も籠屋さんで根曲がり竹のしっかりした籠を手に入れました。一生使えそうです。戸隠方面に行くたびに籠が増えていきますが、先細りの手仕事と思えば、今買っておかないと、、と思うのです(←買う言い訳)。

 

そういえば先日、バックパッカー初心者の時に買った35Lのバックパックを物置から出してきたら、中のコーティングがボロボロになっていました。数えてみたら、これを買ったのはもう20年前。新しいのを買わなければならないのですが、この戸隠の籠屋さんでみつけた背負い籠(いろいろなサイズあり)をバックパック代わりに背負って旅するっていうのもいいですねぇ、、(美山であったこのおばあちゃんのように)。

パクセの町を歩く‥ 続き

Sinouk cafeにて

パクセ滞在の後半は、毎日風が強くて夜はとても寒かったのです。熱帯なので暖房の設備があるはずもなく、普段はちょうど良いシャワーの温度も、どう控えめに見てもぬるま湯にしか感じられません。

そんな夜、宿の一階にあるカフェでいただいた、ラオスのスモーキーなお茶と、チョコレートを溶かしたようなショコラ(ホットチョコレート)。体が温まっておいしかったこと、、!

南ラオスのコーヒーはどうも薄いなあ、、と思っていたら、ラオス人はエスプレッソは飲まないのだとのこと。でも、このカフェはプランテーションを持っているだけあって、エスプレッソも濃くておいしいものが飲めます。

Sinouk cafeにて
Cafe Sinouk にて テーブルにはコーヒー豆がびっしり

 

夫と息子が宿でゆっくりしている時を狙って、私は市場をウロウロして、またこんな布を見つけました。南部のイカットと、北部から来た藍染の布。同じような布ばかりに見えるのか、夫が「これを買ってどうするんだ?」と白い目。左の籠は、カオニャオ(もち米のご飯)をいれます。バンコクへ持ち帰る荷物が、どんどん増えていきます。

最後の最後にマーケットでみつけたもの 左はもち米のごはん(カオニャオ)を入れる籠
最後の最後にマーケットでみつけたもの Indigo-dyed fabric, ikkat from Savannakhet, and baskets for sticky rice (khao niao).

 

タイでも東北(イサーン)料理のソムタムやラープ(ひき肉と炒り米のサラダ)は食べられますが、ここのラープはミントとレモングラス、シャロットがどっさり入っています。バンコクで食べているものより、香りも食感も数段上。ラオススタイルなのか、唐辛子もきいています。

パクセ ラープ
Laap Lao style ラオスのラープ

 

いつものことなのですが、私が旅先で買うものといえば、写真集などの本と布がほとんどなのです(特に、夫や子供を待たせているとなれば、ゆっくり買い物もできません、、)。

ですが、今回はカオニャオの籠はじめ、編んだバッグやコースターなども見ているうちに、作りの丁寧さにひかれて少し買うことにしました。どれも大変丁寧に作ってあります。キラキラ派手好きなタイ人の色彩感覚と、落ち着いたセンスのラオス人の感覚が、全く違うのにいつも驚きます。

手織り布もそうですが、中国の工場で作った大量生産の雑な作りとは違って、個人の作り手が一つ一つ自宅で作ったものなのではないでしょうか?まだそんな家内制手工業が残っているラオス、ぜひまた近いうちに来たいとおもいつつ、パクセを後にしました。

 

パクセの町を歩く

こんな建物も少しですが残っています。壁に「1924」と記されていました。

2年前のヴィエンチャン滞在で知ったSinouk Coffee のプランテーションへ行くつもりでパクセにきたものの、旧正月も重なり何かとタイミングが合わずに今回はかないませんでした。幸い、宿のオーナー(プランテーションも持っている)に詳しく話を聞くことができ、パクセから車をチャーターすればそれほど難しくなく行くことができるということも判明したので、今度は収穫シーズンに行ってみたいと思います。

どちらにしても、ラオス内の移動はどれだけ時間かかるのかが読めないので(バスなども、乗客がいっぱいになるまで出発しない、などなど)、余裕を持ってこないといけませんね。

この町を訪れるほとんどの人は、1〜2日だけ過ごして次の目的地へ移動するようですが、私たちは5日もいたおかげで、のんびりしたパクセの町をゆっくり見て歩くことができました。ビエンチャンほどではないけれど、統治時代の建物も残っています。町を見物がてら歩いて朝市へも行ってきました。

 

Colonial building in pakse こんな建物も少しですが残っています。壁に「1924」と記されていました。
こんなフランス統治時代の建物も少しですが残っています。壁に「1924」と記されていました。Colonial building in Pakse
パクセの建物 Colonial building in pakse
こちらは「1918」。Colonial building in Pakse

 

パクセ朝市 Dao Heuang Market (Morning Market) in Pakse
乾物の山。手前はメコンでとれた魚の開き、、かな?朝市にて。Dao Heuang Market (Morning Market) in Pakse

 

豚の丸焼き 朝市にて Dao Heuang Market (Morning Market) in Pakse
耳が見えています。お正月の準備でしょうか? こちらも朝市。Dao Heuang Market (Morning Market) in Pakse

 

メコンでとれたナマズ catfish, Dao Heuang Market (Morning Market) in Pakse
メコンでとれたてのナマズ。朝市にて Catfish, Dao Heuang Market (Morning Market) in Pakse

 

南ラオスはベトナム人口も多いようです。ベトナムの旧正月「テト」のため、お店は軒並み閉店、通りはシャッター街のようになっていました。大晦日は花火の音が真夜中まで賑やかで、お正月元旦は獅子舞の演奏の音で朝6時前に目が覚めました。

この日は、誰もいないベトナムレストランで、ベトナムの米麺「フォー」を食べていたら、獅子舞軍団がレストラン内に押し寄せてきました。太鼓やシンバルを私たちの耳元でジャンジャン鳴らしながら獅子舞を踊り始めたので、息子は気もそぞろ。

一踊りのあと、天井に貼り付けたお年玉袋を、獅子舞に入った子供が肩車で取ろうとしていたのですが、背の高さが足りなくてなかなか取れない。椅子を並べて、その上にさらに肩車をして、やっとの思いで取っていました。中に入った子供たちが落ちないかと、私は横で見ていてハラハラしましたが、、。

いつも思うのですが、中華系の獅子舞は、地味な日本の獅子舞とは見た目もその意味も、随分と違いがありますよね。

 

旧正月の大晦日
旧正月の大晦日

織物の村

藍染生地とイカット

早いもので、パクセ滞在もあと1日。キョウコさんは、一足先にラオス北の街へ旅立っていったのですが、私たちもそろそろイサーン(タイ東北部)を経由してバンコクへ戻ります。

土曜日には、宿のオーナーに聞いた織物の村へ行ってきました。ここはそれほど織りは盛んではないけれど、という前置きつきでしたが、やっぱり見てみたい、ということで、トゥクトゥクをチャーターして行ってきました。

ここのトゥクトゥクは、バンコクやチェンマイなどのそれとは異なり、バイクにトラックの荷台を改造して屋根をつけたようなもので、かなり風が強かったのも手伝って、みんなで頭がボサボサになったのでした。水牛や牛の群れを避けながら、オープンエアーのトゥクトゥクで田舎へ向かうのは新鮮で、あとでカメラを見たら牛の写真が山ほどありました。

 

牛を避けながら進みます
牛を避けながら進みます

 

メコン岸に村はあります
この村もメコン岸に

 

メコンを眺めていた犬
メコンを眺めていた犬

 

織物の村 木造の二階建ての家もまだ残っています
織物の村 木造の二階建ての家もまだ残っています

 

ヤギや鶏があちこちに
ヤギや鶏があちこちに

 

どの家にも、こうして大きな織り機が置いてありました
どの家にも、軒下にこうして大きな織り機が置いてありました

 

日よけ(?)を被りながら歩いていた村の子供たち
子供用プール(?)を日よけにして歩いていた村の子供たち

 

このクラフトセンターには、織り機が何台も並んでいました。
このクラフトセンターには、織り機が何台も並んでいました。

 

この村はシルクやイカットで知られるそうで、クラフトセンターに展示されていた生地は私があまり使わないようなものがほとんどでした。せっかく来たのに、、、と思っていると、女性がアイロンがけ作業していたセンターの隅に、ビエンチャンやルアンプラバンにこれから送るというシン(ラオスのサロンスカート)用生地の山を発見。そこからコットンシルクのイカットを3枚選んで買ってきました。いやいや、ダメもとで聞いてみるものですね。ラオスらしい落ち着いた色合いです。本物のシルクかどうか、家に帰ってから糸を燃やしてみるつもりです。

 

藍染生地とイカット
藍染生地(上二枚)とイカット(下)

 

宿に帰ってきてから、籠と布を積み上げてあるお店を近所に見つけました。

ゴキブリホイホイが捕まる時のようにフラフラつい入ってしまい、気づいたら藍染の布を手に店を出ていました。この藍染布、お店の女性に聞くと、どうも北部からきたものだそう。詳しく聞けば、4年前にレンテン族に会いに行ったルアンナムターのようです。あぁ、また行かないといけないでしょうか、、?山道のバス移動がとてもつらかったのです。でもどうも最近、北部が私を呼んでいるような気がします。

しかし、今回も色々買ってしまいましたが、この荷物で一体どうやってバンコクへ帰るのでしょうか、、(デイパックひとつで来たのです)。

南ラオスにて

Wat Phou, Champasak, Laos

バンコクから南ラオスの街、パクセに来ています。

ここはかつて、フランス政府が出先機関を置いていた都市で、その植民地時代の建物が少し残っています。ベトナム人口も多く、なんだか不思議な場所です。

バンコクから直行便も出ているのですが、ラオスの地方都市に乗り入れる国際便は、ラオス航空の独占のため割高なのです。なので、バンコクからタイ側にあるラオス国境近くの街まで飛び、そこからバスに乗って90キロ、国境を歩いて越えてラオスに入り、またバスに乗ってパクセまで来ました。島国の日本人としては、国境を歩いて越えられるということに、いつもドキドキします、、。

国境を越えた途端に、若い女性のジーンズ姿がみえなくなり、代わりに「シン」というラオスの手織りサロンスカートの姿が増えてきます。そして、夕方になると、家々の中が真っ暗。暗い部屋の中で、テレビだけが青く光っているのをよく見かけます。宿題は日没前にやってしまわないと、見えないですねぇ。タイから入ってくると、その差に驚きます。

ここでもバンコクから先にきていたキョウコさんと合流、旅行中の学生Y君も一緒に、クメール遺跡のお寺「ワット・プー」を見てきました。慣れない場所では、自分で回ろうとせず、車とドライバーをチャーターするのが一番、ということを近年学習し、今回もそうすることに。

ここにかつて都があったとは信じられないほどののんびりさ。道路を横切る水牛や牛の団体様をよけながら車は進みます。1時間ほどのドライブの後、本堂めざして丘を登りました。

雨季だったらもっと緑が濃くて鮮やかだったと思うのですが、アンコールワット並みの急な階段を登ってたどりついたお寺から見た景色はすばらしく、ここに来られただけで感動でした。本堂も朽ちた感じが美しく、タイのがっちり修復されたクメール遺跡とも違って、ラオスらしい趣がありました。

行き帰りの道。乾季なのですが、時々緑の水田をみかけます。Champasak, Laos
行き帰りの道。乾季なのですが、時々緑の水田をみかけます。Champasak, Laos

 

クメール遺跡 参道 Wat Phou, Champasak, Laos
ワットプー遺跡の参道 Wat Phou, Champasak, Laos

 

この階段を登って丘へ Wat Phou, Champasak, Laos
この階段を登って丘へ Wat Phou, Champasak, Laos

 

丘の上  Wat Phou, Champasak, Laos
丘の上 ワットプー本堂 Wat Phou, Champasak, Laos

 

休憩中(?)のお坊さんたち Wat Phou, Champasak, Laos
休憩中(?)のお坊さんたち Wat Phou, Champasak, Laos

 

丘の上より Wat Phou, Champasak, Laos
登りきったところ Wat Phou, Champasak, Laos

 

帰り道 牛の行進 Champasak, Laos
帰り道 牛の行進 Champasak, Laos

 

シャイな子供たち Champasak, Laos
遺跡の近くにて シャイな子供たち Champasak, Laos

 

ラオス 籠屋さん Champasak, Laos
帰り道にみかけた籠屋さん。寄れなかったけど、寄っていたら散財していそうです。Champasak, Laos

 

お茶を探して

Saigon March 2015

このホームページを新しくする作業が、ほぼ終わりました。字の大きさなど、これくらいで見づらくはないでしょうか?

去年も一昨年も、この時期に見た目だけリニューアルしているのですが、一年も経つと(去年からは特に)いろいろ変化もあるので、もう少し加筆と修正もしなければなりません。また追って徐々にやっていきますね。

 

Saigon March 2015
Saigon, March 2015

 

こちらに来る前に、アイルランドにいる友人が長野の自宅にたくさん紅茶を送ってくれたのですが、それを持って来ればよかったと後悔しています。

チェンマイでは、高地で栽培されているコーヒー豆も紅茶も中国茶も簡単に手に入ったのですが、バンコクではどこを探してもタイ産のよい紅茶が見つかりません。先日も、近所の市場の乾物売りのおばさんに聞いたら「スーパーマーケットを見てみたら?」と言われてガックリ。外国人用のスーパーにも、せいぜいT社のティーバッグくらいしかありません。

街角では、タイコーヒーやタイティー(どちらもびっくりするくらい甘い)の屋台はたくさんあるのですが、あの茶葉やコーヒーはどこから来ているのでしょう?謎です。

こちらに住んでいる友達に聞くと、シンガポールのTWG TEAなら色々な紅茶があるよ、と。ペナンにもTWGはありましたが、キンキラ黄金に輝くお店が豪華すぎて、私にはとても入りづらいのです。

リトルインディアで買った紅茶も無くなってしまったし、朝起きて水を飲むのも味気ないし、、と思っていた矢先、今日は、日本から来たばかりのキョウコさんから、朝飲むのにぴったりのお茶とコーヒーをお土産にいただきました。キョウコさん、明日からいただきます。どうもありがとう!

さて、コーヒーといえば、ベトナムとラオス。ビザの関係で一度タイを出なければならないので、ベトナムへ行こうかと一瞬迷いましたが、今回は、まだ行ったことのない南ラオスへ足を延ばすことにしました。ラオスはのんびりしていて大好きな滞在先。コーヒーのプランテーションや手織り布を探すのも楽しみです。明後日から数日間、行ってきます。

 

夏日

孫文の家 ペナンにて Sun Yat-sen Penang Base

体力作り

朝からぐんぐん気温が上がり、午後の温度は34度、体感温度が38.9度と出ていました。今日は用事があって午前中から出かけていたのですが、炎天下を歩いているタイ人はいません。脱水で頭がガンガンします。日本はこの冬一番の冷え込みだというのに、この差は大きいですね。

今いるアパートのもより駅は3つあり、どちらへも歩いて20~25分ほどかかります。よって、外出すると1日最低2時間は炎天下を歩いていることに。加えて、公園へ行ったり息子のプールに付き合ったりすると、もう夕方には疲労困憊です。私って、こんなに体力がなかったなんて、、、。冬に長野の自宅にいれば、じーっと動かないで運動不足になるのは目に見えているので、このくらいがちょうどよいのかもしれません。

ちなみに、夕方のこのルンピニ公園には、エクササイズやウェイトリフティングをする人で溢れています。このエリアは中国系タイ人(おそらく裕福な)が多いためか、健康志向が強いのかもしれません。みんなエクササイズ用のピタピタの服を着て、おおまじめに頑張っています。いや〜、タイの人ってノンビリしていると思ったら、大間違い。リネンのブカブカの服を着てうんていにぶら下がって遊んでいるのは、私ぐらいなものです、、。

春からまた染めをするのに力がいるので、私も負けずに体力作りです!

 

孫文の家 ペナンにて Sun Yat-sen Penang Base 藍色の壁
孫文の家 ペナンにて 2015年 / Sun Yat-sen Penang Base 涼しそうな藍色の壁。ペナンでは、過去にブルーの壁が流行ったそうです。これもおそらく藍を使ってあるのでしょう

 

お知らせ

さて、近日中にこのホームページの外観を少し変えますので、落ち着くまでしばらくお待ちくださいね(繰り返しのお知らせですみません)。見づらいところなど、お教えいただければ幸いです。よろしくお願い致します!

 

根っこを探して

漢方薬局にて

チャイナタウンを離れる前に、一度使ってみたかった染料を探しました。

10店ほどの漢方薬局で尋ね歩いてみたのですが、どこにもありません。手帳に書いた漢字を、お店の人に見せて聞くのですが、そんなのは知らんと首をかしげる人、「没有(ないね)」とぶっきらぼうな人、「その角を曲がってどこどこにあるお店に行ってごらん」と教えてくれる人、、、、対応も様々ですねぇ。

結局わかったのは、タイでは、その薬(染料)は葉っぱ部分を使うのだということ。これまた親切なお店のお姉さんが教えてくれました。が、私はその薬の根っこ(染料を含むのは根)がほしかったのです。

一口に漢方薬局と言っても、お店の人の知識も違えば、親切度もいろいろだなあと思った出来事でした。

 

bangkok chinatown yaowarat architecture
バンコク チャイナタウンにて 中国&ポルトガル風の建物

 

bangkok chinatown yaowarat architecture
これもチャイナタウンにて。こんな建物がたくさんあって、ペナンを思い出します。

 

リトルインディア

チャイナタウンの隅に、リトルインディアと呼ばれる小さな通りがあります。

先日、初めて行ってみました。ペナンのそれとは比べられないほどの小ささ。しかも静かなのが異様です、、。

あちらでよく食べていた、インドのお菓子もあちこちの店先に飾られていました。アーモンドやバター、ミルクをたっぷり使ったお菓子です。ペナンではみかけなかった、銀箔を飾りに使ったものも。北部の方が裕福だからでしょうか?

 

バンコク リトルインディアにて little india in bangkok
バンコク リトルインディアにて おいしいインドのお菓子

 

バンコク4日目

チャイナタウンの路地の奥にある今回の宿から、毎朝ニワトリが鳴いているのが聞こえます。お天気もよく、かといって暑くもなく、風があってちょうどよい毎日です。

去年、琺瑯の洗面器と共に旅行したら、洗濯がとても便利だったので、今回は折りたたみのバケツをもってきました。側面が蛇腹になっていて、畳むとぺちゃんこになるものです。

宿によっては、洗面台が小さすぎたり、栓が無くて水を貯められないところもありますよね。「海へ・・」も持ってきたので、ここで一晩浸け置き洗いをしています(染めたものも洗えますし)。今回は楽勝です!

バケツだけでなく、ハンガーも小物干しも持って旅行するなんて、夫には理解できないようですが、、、(←私の洗濯用具を活用していますけどね)。

 

チャイナタウン ツバメの巣とフカヒレスープ店
ツバメの巣とフカヒレスープ店 数字が示しているように、値段によってグレードが違うようです。 チャイナタウンにて Hasselblad 500C/M, Kodak Ektar 100

 

近年目立つのは、ロシア系観光客の多さ。タイとロシアの間には協定が結ばれ、観光ビザなしでお互い滞在できるようになったのだそうです。特に今の時期は、冬の寒いロシアを抜け出してきたと思われます。北欧からの旅行者もよくみかけます。みんな、太陽を拝みたくてタイに来ているのは同じでしょうね。

冬に入ってから復活してしまった私のバネ指(腱鞘炎)も、こちらに来てからすっかり緩んで楽になりました。夫も、痛風気味の足の調子がよいようです。「歳をとると、フロリダに移住する人が多いのも分かる」と言っていたことがあります。うん、確かに。

 

いつも気になる漢方薬局 チャイナタウンにて
いつも気になる漢方薬局 チャイナタウンにて Hasselblad 500C/M, Ilford Delta Pro 100

 

染め材料も買ったし、次の滞在先も決まったし、後は来週友達のところへミシンを取りにいくばかりです。レギンス用の100%ウールジャージー黒生地(ウール&アルパカの混紡ジャージーも)も日本から持ってきたので、これで最終試作を作る予定です。他にも新しいものを考えていますよー、フフフ。

 

バンコク到着

休みに、甥っ子たちが竹馬の練習をしているのを、横で指をくわえてみていた息子ともう一人の姪っ子。実家の父が、その二人のために竹で竹馬を作ってくれたので、新年は竹馬三昧でした。(昨日、セーターの袖がベロンと破れているのを発見してショック。転んだ時にやったのだとか。やっぱり子供を外に出す時には、運動着を着せないといけません、、)。

運動のあまり得意でない私の妹が、初めて竹馬に乗るなりスタスタ歩いているのを見たときは、要はバランスの取り方なのだなと思いました。私も20歩ほど歩けるようになりました(エッヘン)。

息子も120歩ほど歩けるようになったところで、バンコクへ行かねばならぬ日が来てしまいました。むむむ〜、もっと練習したかった。「竹馬も持って行きたいねぇ」と話していたところです。息子だけでなく私も、仕事の素材も環境も資料も揃った自分の家から離れるのは、後ろ髪をひかれるような思いでした。

 

 

crab seller
チャイナタウンにて

 

そして今日の朝早く、バンコクへ着きました。

いつも滞在していたプロンポンエリアは、日本人街化しているだけでなく、物価がどんどん上がって大型店やモールが増え、つまらないエリアになってきています。なので、今回はチャイナタウンに宿をとりました。

 

スパイスの問屋
ここもチャイナタウンの中 スパイスの問屋 夫はインド料理をつくるのに使いますが、私はクローブを染めに使ってみたいです

 

まだ3人とも頭がモウロウとしているので、今日は銀行を探して歩いただけでしたが、昔ながらのスタイルで商いをするお店が連なっていて、高級モールや百貨店よりもこちらのほうが断然面白い。複雑に入り組んだ路地に並ぶ問屋街を見物しているうちに方向感覚がなくなってしまい、いつ来ても迷子になります。

アパートを見つける間はここチャイナタウンに滞在するので、その機会を利用して、染め材料やスパイスを買うつもりです。

 

ドリアン チャイナタウン
チャイナタウンにて ドリアンに合わせて制服(?)も緑

 

 

山梨へ

秋のオンラインストア、おかげさまで先月30日に無事閉店いたしました。

今回もたくさんの方にご覧とご利用いただきました。どうもありがとうございました。これから日も短くなり、ますます寒い季節になりますが、草木染めの色がみなさまの生活のささやかな彩りとなりますよう願っています。

ウールカシミアケープの発送作業も進めています。到着までもうしばらくお待ちくださいませ。

 


 

この週末に、35年ほど前に住んでいた山梨へ、家族で行ってきました。住んでいたのは平地でしたが、今回、子供5人に大人6人の大所帯で泊まったのは、山間部の過疎地にある古民家宿。まるで日本昔話のような世界です。

 

紅葉が見頃 古民家 loof
家の前。ちょうど紅葉が見頃でした。

 

二階のコーナーから下を見る
二階のコーナーからこわごわ下を見る。こどもはロフトが好きですね。

 

人口のほとんどがお年寄りというこの地域、子供の声が響くのか、ふと視線を感じると、ご近所のお年寄りが私たちをじーっと観察していました。ちなみに、地元の小学校に生徒は4人しかいないそうです。そういえば、雨戸の閉まったままの古民家がかなりありました。

甥っ子と姪っ子、私の息子を合わせて5人の子供達。寒かったけれど、走り回って元気に過ごしていました。母曰く「こどもは遊びの天才ね」と。桶のタガが転がっているのを拾ってきて、夢中になって棒で送って転がし遊んでいました。ちかくの神社に出かけて、子供達が遊びを編み出して楽しんでいたそうですし、ゲームもテレビもなくても(我々誰の自宅にもありませんが)、相手さえいれば、なんとかなるものですね。

 

樽のタガで遊ぶ
樽のタガで遊ぶ

 

山梨は、桃やぶどうだけでなく、柿の産地でもあるようです。
桃やぶどうだけでなく、柿もあちこちで見かけました。牧場にて。

 

帰りがけに、妹と一緒に、かつて通っていた小学校を見に行ってみました。学校前ののどかな道が、広い車通りの多い道路に拡張され、ドラッグストアが校庭の隣に建っています。田舎の学校だったのが、一体ここはどこ?という風景に様変わりしていました。35年というのは、考えてみれば短くはない年月ですね。このくらいの変化があるのも不思議ではありません。

そういえば、長野の自宅周りでも、ここ30年ほどの間に、砂利道が舗装され、田んぼが少なくなり、よく遊んだ小川はコンクリートで固められ、、、でも、相変わらずのんびりさは残っています。限界集落化の進む過疎地でもなく、意味なく発展する市街地でもなく、このくらいがちょうど良いのかもしれません。

山へ

仕事の手を休め、先日は山へ行ってきました。夏休みの真っ最中、狭い家で3人顔を突き合わせてばかりもなんですので、良い気分転換です。

車があればここからちょっと足を伸ばして行くことのできる場所はいろいろあるのですが、今回はバスで行きやすい戸隠へ。長野駅から1時間ほどです。

 

アジサイ
アジサイ なんとも言えない色に
虫を探す
虫を探す(せっかく寄った昆虫自然園は何年も閉園になっていました)

 

バスで登り続けると、下界よりもずいぶん涼しい戸隠に到着です親の目的は森の散策。息子の目的は虫取り。初めから暴走気味の息子、バスを降りるなり「カブトムシはどこにいるの?」と、虫コールをはじめるのに、うんざり気味の私たち。親だけだったら、のんびり歩いたりお茶したりできるのに、、、と思いながら、だましだまし森の小道を歩かせます。

息子がもっと小さな頃は、訳も分からず延々と歩かせても何も文句をいわなかったので、かえって楽でした(息子が4歳になった頃、ベトナムのホイアンで、往復8キロ歩いて海岸まで行ったのを思い出します。最後はおんぶしましたけど)。

 

籠店
メイン通りにかごやさんが並ぶ 看板がいいですね

 

戸隠に着くまですっかり忘れていたのですが、ここは竹細工が盛ん。小さな竹かごやさんがいくつか並んでいます。二軒のぞいて、お蕎麦用の平たいざると、野菜を入れる大きな籠を買いました。

店先で店番をしながら編んでいるおじさんに聞くと、この籠をひとつ編むのに、丸一日かかるそう。でも、山に入って竹をとり、細く竹ひごに割ったり、などの準備作業のほうがもっと時間がかかるとのこと。夏だけでなく、冬もお店を開けながら編んでいるとのこと。天井にはサンプルにするのだそうで、心惹かれる形のバッグや籠がぶら下がっていました。

これから先、こんな籠ももう手に入らないかもしれない、と思うと、今のうちにすこしずつ買っておかねばなりません。

 

民族資料館にて 麻を煮た桶や織るための道具が展示
民族資料館にて 麻を煮た桶や織るための道具が展示

 

戸隠やとなりの鬼無里村では、かつては大麻(ヘンプ)の栽培が盛んだったようです。神社に奉納したのでしょうか?

blog_1st June

クラフトフェアまつもとへの出展も無事に終了、長野の家へ帰ってきました。

Back in Nagano after a beautiful weekend in Matsumoto at that city’s annual “Crafts Fair.”

It seemed there were fewer visitors in 2015 compared with past years. One reason may be that a new crafts fair in Chiba-ken was held on the same weekend. It will be interesting to see the final attendance figures for both venues when they are released.

おいで下さったみなさま、ブースへ寄って下さったみなさま、どうもありがとうございました。あたたかいお心遣いの差し入れもごちそうさまでした!

「去年は買わずに後悔したから、、」「オンラインストアで買えなくて」とおっしゃって下さる方々、また、「ブログをいつも見ていますよ」と声をかけて下さる方も多く、ぼーっとしている私にとって、改めて驚きの連続でした。沢山のみなさまが見て下さっていると知れば、このブログももっとまじめに書かなくては、とも思います。

帰って来て、砂ぼこりだらけになったハンガーや布を洗っています。持ち帰った荷物の中にヒマラヤ杉の針葉があちこちに入っているのを見ると、クラフトフェアが終わったんだなあ、、、と実感するのが、恒例行事となっています。

そういえば、クラフトフェアの真っ最中、ヒマラヤ杉の並木を歩く女性の着ていたブラウスに、思わず目を奪われたことがありました。後ろ姿のドレープがゆらゆらととてもきれいで、一瞬見とれたものの、よくよく見たら私から買って下さったリネンガーゼのブラウスでした。お買いいただいて、そのまま着て下さっていたのです。よくお似合いで、とても嬉しく思いました。

 

クラフトフェアでは、いつものことながら他の方の展示をほとんど拝見出来ず仕舞いでした。前日の金曜に松本民芸館へ行く事ができたのがせめてものなぐさめです。メインの展示室には、もう今ではおそらく手に入らないであろう程の太い梁が使われていて圧倒されます。「美しい物が美しい」という、ちきりやご主人の視点で選ばれた民芸品は、今見ても、新鮮でたしかに美しい手仕事でした。ほとんどがもう作られていないものでしょうね。技術も先細りの一方でしょう。またゆっくり行ってみたいです。

Upon our arrival, we visited the Matsumoto Folk Craft Museum easily accessible by local bus leaving Matsumoto JR station. The museum is housed in an old refurbished traditional Japanese storehouse to which have been added newer wings which serve as a visitors’ entrance and additional display space. The surrounding grounds are quiet and well maintained.

 

さて、次は春夏のオンラインストアです。来週の月曜日、6月8日の21時にオープンの予定です。

Next up, my online shop which we begin Monday, June 8th, at 9pm Japan Standard Time.

 

Matsumoto Folk Art Museum 松本民芸館
Matsumoto Folk Art Museum 松本民芸館

 

Matsumoto Folk Art Museum interior view 松本民芸館内部 大きな梁
Matsumoto Folk Art Museum interior view 松本民芸館内部 大きな梁

blog_28th March, Bangkok, Day 3

スーコタイからバスでバンコクへ来ました。

スーコタイから6時間でバンコクのバスターミナルに到着予定でしたが、それが大幅に遅れました。道中、1時間ほどウロウロ寄り道していると思ったら、なんとタイヤを探していたようです(ぐーすか寝ていた私は、そのタイヤ交換の音で目が覚めました)。 ほらね、バスで移動すると、絶対なにか起きるんですから。

バンコク到着後は、市内のラッシュでタクシーがなかなか進まず、結局バンコクの宿に着いたのは、スーコタイを出て10時間後でした。

 

それはともかく、バンコクに着いた翌日に向かったのは、チャイナタウン。

 

いくつもある漢方薬局のひとつ。Chinese medicinal herb store, Chinatown, Bangkok
いくつもある漢方薬局のひとつ。Chinese medicinal herb store, Chinatown, Bangkok

 

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路上でも漢方(漢方のお茶?)を売っている人も。Sidewalk vendor of Chinese herbs, Chinatown, Bangkok

 

息子と夫をスターバックスに置いて、私は染め材料を探しました。

目当てのお店にはなかったけれど、店主が親切に他のお店を教えてくれたので、そちらで無事に見つかりました。どこもそうですが、漢方薬局には、薬を入れる沢山の引き出しがあり、目の前には亀の甲羅だの、タツノオトシゴだの、小さな乾燥蛇だの、わけの分からない物が並んでいて、つい写真を撮ってしまうのです。

染め材料のあとは、服飾材料を買ってから帰ってきました。いつもは迷いまくってたどり着くのですが、やっとどこにどのお店があるか分かるまでになってきました(←今頃)。

 

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おいしそうな蟹やエビ。Crab and shrimp seller, Chinatown, Bangkok

 

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これは中国ソーセージ(香腸)のお店。ディスプレイと乾燥を兼ねているのでしょうか? Chinese sausage store, Chinatown, Bangkok

 

いつも滞在しているプロンポン周辺も、ここ10年でどんどん変わりました。大きなショッピングモールが道をはさんで向かい側にまで拡張していています。テナントを見ると、ペナンのモールと同じような店ばかり。

大きな都市は、どこへ行っても同じようなものばかりでつまらないですね。タイには、手仕事の見られる場所やお店が残っているのが、まだ救いですが。

それに引き換え、バンコクのチャイナタウンは、昔からあまり変わっていないのでしょうけれど、何度行っても強い個性と目新しさと面白さがあります。今度はチャイナタウン周辺に滞在してもいいなあ、なんて思いました。

 

燕の巣やフカヒレのスープ専門店。Bird's nest and shark's fin soup restaurant
燕の巣やフカヒレのスープ専門店。Bird’s nest and shark’s fin soup restaurant, Chinatown, Bangkok

 

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そろそろドリアンの季節です。Durian seller, Chinatown, Bangkok

 

blog_25th March, Sukhothai, Day 2

ようやく動けるようになったので、チェンマイからバスに乗って南下して、スーコタイという遺跡の街へ移動してきました。北タイは焼き畑が禁止されているそうですが、どこもかしこも焼かれた畑だらけ。

学校の社会の時間に「焼き畑農業」はどんなものか習いますが、実際に見るのは初めて。カメラを後で見たら、焼き畑の写真だらけになっていました。

 

チェンマイからスーコタイへのバスの車窓より見える焼き畑。On the way to sukhothai to Chiang Mai. Typical slash-and-burn farming.
チェンマイからスーコタイへのバスの車窓より見える焼き畑。On the way to Sukhothai from Chiang Mai. Typical slash-and-burn farming.
焼き畑
こちらも焼き畑。

 

昨晩はしとしと雨が降り、朝の空気はとてもきれい。12年ほど前に来た時は、暑くて暑くてカラカラの干物気分だったことしか覚えていないのですが、今回は風のさわやかな快適な滞在となりました。

今朝の部屋の外。芽吹きがすすんで春らしいです。(蚊がウヨウヨ)。

 

スーコタイ遺跡公園にて。Sukhothai Historic Park
スーコタイ遺跡公園にて。Sukhothai Historic Park

 

スーコタイ遺跡公園にて。Sukhothai Historic Park
スーコタイ遺跡公園にて。Sukhothai Historic Park (photo by my son)

 

でも、ここ何年かまわっているクメール遺跡に比べると、スーコタイ遺跡はかなり格が落ちますね。当時のラテライトの石もあまり残っていなくて、近年になって想像で作ったと思われるレンガの仏塔が並んでいます。でも、空気の悪いチェンマイにいただけに、雨の後の、緑の林を歩いて遺跡巡りをするのは、すがすがしい気持ちでした。

 

お昼ご飯。茹で野菜やアジを、ナン・プリックという唐辛子やニンニクの入ったソースにつけて食べます。My lunch, "Nam phrik".
お昼ご飯。茹で野菜やアジを、ナン・プリックという唐辛子やニンニクの入ったソースにつけ、もち米と一緒に食べます。My lunch, nam phrik, eaten with sticky rice.

 

遺跡巡りのあとは、カフェで一服し、12年前に泊まったあたりをぶらぶらしていると、その時スウィーツを売っていたおばさんが!ワゴンの中が蜜蜂だらけになっていたのが衝撃的でしたが、その様子は今でも変わっていませんでした。マレーシアのクエに似た、ココナツのスウィーツを買いました。

 

sukhothai スウィーツ
12年ぶりの再会。蜜蜂たくさんのスウィーツおばさん。Same sweets lady I met 12 years ago, and her cart full of sweets, and honey bees.

 

sukhothai201511
タイスウィーツ、ココナツのサンカヤー。Thai sweets I bought today, coconut sankaya.

 

さて、明日はバンコクへ移動です。

blog_16th March

ペナン最後の週は、荷造りや家の掃除であっという間に過ぎて行きました。時間はまだまだあると思っていても、時の過ぎるのは早いですね。

友達や知りあい、お世話になったお店の人たちにお別れを伝え、写真を撮ったりご馳走になったりしてきましたが、彼らにとっては私たちはただの通りすがりの人間なのかもしれません。

次回ペナンに住むことがあったら、ジョージタウンの中のリトルインディアに住んでみたいと思います。ペナンをペナンらしくしているのは、近隣各国からの移民や出稼ぎ人口の多さ。様々な宗教や食文化が小さな島に混在しているこんな場所は、きっと珍しいのでは、と思います。

 

Penang, Little India, cooking supplies shop リトルインディアで調理用具を探す
Penang, Little India, cooking supplies shop リトルインディアのいつものお店で調理用具を探す

 

Penang, Little India, cooking supplies shop 見送るおじさん。眼鏡が光っています。
Penang, Little India, cooking supplies shop 見送ってくれる(?)おじさん。暗闇で眼鏡が丸く光っている、、。

 

最後のロティ・チャナイ Last Rotti Chanai
最後のロティ・チャナイ Last Roti Chennai (Roti canai)  最近知りあいに教えてもらったお店では、これがパイのように層ができていて、とても上手に焼けています。もっと早く知っていれば、、、と後悔。

 

住んでいたアパートは、徹底的にきれいにしてから退去したかったので、掃除後に出発までの一晩を過ごす為に近所に宿をとりました。毎朝、アパートの台所から眺めていた高層ホテルです。

窓から外を見ると、住んでいたアパートが木々のなかに埋もれて見えます。こうして改めてみると、ペナンは緑が多いですね。

ペナンにはこれから雨期が来て、果物の実る時期。名残惜しいのですが、また何年後かに戻ってくればよいということで、今回はとりあえずさようならです。

Pulau Tikus area, Penang
Pulau Tikus area, Penang

blog_5th March

Prasat Phanom Wang, Nakhon Ratchasima, Thailand

荷造りをしたり、最後の悪あがきで仕事を進めたりしています。短い期間とはいえ、住んでいる間に生活用具や書類等、かなりものが増えていて、これを毎日処分し続けています。そんな訳で、家に閉じこもりがちで運動不足です。こんなに毎日よい天気なのに!

もう最後のチャンスと思い、今日は重い腰を上げて(←出不精)ジョージタウンの孫文の家へ写真を撮りにちょっと行ってきました。 何年か前に行った時は、リノベーションの真っ最中で、あまり撮れなかったのです。

ペナンの名家の女性が現在のオーナーで、非常にセンス良く飾り付けられています。旧正月が終わり、中国系の観光客の訪れも一段落したところだそうで、ちょっとホッとした顔の館員のおじさんたちが、東南アジアで根付いた中国文化について説明してくれました。

こんな風にどんどん外へ出て行き、それぞれの土地の土着の人々と融合して、独特の文化を展開して来た中国からの移民。同国民が、各地を訪れ様々なバリエーションの中国系文化や言葉を比較してみるのはさぞ面白いだろうなあ、なんて思います。200年間も鎖国をしていた日本には、同じことは起きなかったのですから。

そんな歴史や文化を学べるこのような場所は、デパートと高層ビルの乱立でどんどん香港化していくペナンでは、とても貴重な存在。また行きたい。そして、撮った写真が現像から上がってくるのが楽しみです。

 

下の写真は、去年の夏にタイでとったもの。東北にあるクメール遺跡をまわった時のものです。(写真もネタ切れで、、)。

Prasat Phanom Wang, Nakhon Ratchasima, Thailand
パノムワン遺跡 Prasat Phanom Wang, Nakhon Ratchasima Province, Thailand

 

Phanom Rung Historic Park, Buriram Province, Thailand
パノムルン遺跡 Phanom Rung Historic Park, Buriram Province, Thailand

 

Just outside Prasat Hin Muang Tam, Buriram Province, Thailand
ムアンタム遺跡のすぐ外にて Just outside Prasat Hin Muang Tam, Buriram Province, Thailand

 

Prasat Hin Muang Tam, Buriram Province, Thailand
ムアンタム遺跡 Prasat Hin Muang Tam, Buriram Province, Thailand

blog_12th February

用直 / Luzhi, China, July 2014

ペナンでの生活も、あと一ヶ月ほど。

パターン製作に時間を使うことができるのも、あと少しの間。今は来年の分のパターンを作っています。生地店にトワル(パターンを作るのに使う綿の布)を買いに行くと、お店の女性に「どうしてあなたはいつも同じ布ばかり沢山買うの?」と聞かれます。 沢山買っても、一つのパターンを仕上げるのに、何度もトワルで作り直していると、これもあっという間に無くなってしまいます。

この冬は、パターン製作に時間をかけることができ、とてもよい冬でした。これから、どんどん新しい形を作っていきますよ!パンツパターンの研究もしたいので、日本へ帰ったらパンツ人台も買いたいのです。リネンの帆布があるので、そのうちこれでパンツも作る予定です。

 
用直 / Luzhi, China, July 2014
用直 / Luzhi, China, July 2014

 

用直 / Luzhi, China, July 2014
用直 / Luzhi, China, July 2014

 

蘇州 / Suzhou, China, July 2014
蘇州 / Suzhou, China, July 2014

 

蘇州山塘 / Suzhou, China, July 2014
蘇州山塘街 / Suzhou, China, July 2014

blog_8th February

用直 / Luzhi, China, July 2014

 

蘇州 / Suzhou, China, July 2014
蘇州 / Suzhou, China, July 2014

 

今年から確定申告はインターネット(イータックス)でしようと、日本に居る間に住基カードを取得し、そのカードリーダーも買って、いざ!、、と意気込んでいました。しかし、データを作り終え、さて申告という時になり、私のつかっているマックブックの型が古すぎて、必要なソフトがインストールできないことが分かりました。もう、がっかり。

このマックブック、OSじたいが古いので、ブラウザのアップデートもできないほどです。4年以上使っているけど、何の問題もないのに、OSが古いからというだけで買い替えなければならないというのは、どうも納得がいきません。

服を繕ったり、桶の底を直したり(なんて、今ではやらないけど)、それと同じことはできません。新しくソフトウェアでも買えば、それだって入れられなくなるだろうし。こうしてどんどん取り残されていくのですね。

結局、確定申告は郵送することになりました。

 

用直 / Luzhi, China, July 2014
用直 / Luzhi, China, July 2014

 

去年の夏、上海から電車に乗って行った、蘇州とその近くの水郷の街。その時に撮った写真を、今更ながら見返しています。見ているうちによみがえる、しとしと雨の日々。これを見ていると、おいしかったザリガニ料理(カエル料理も!)まで思い出します。

デジタルカメラで撮りはじめた時は、もう撮ったその日にフリッカーにバーッと載せて、、という事をやっていましたが、今では半年以上も前の写真を引っ張り出して、、という具合。

ここでも時代の流れに取り残されています。でも、これでよいのです。

 
蘇州留園 / Lu Garden, Suzhou, China, July 2014
蘇州留園 / Liu Garden, Suzhou, China, July 2014

blog_ 2015 Matsumoto Craft Fair クラフトフェアまつもと

あがたの森 旧松本高等学校 Matsumoto agatano mori park

今年もクラフトフェアまつもと応募の時期がきました。選考に落ちるのではないかと毎年2月はドキドキしながら結果を待っています。もし落ちたら、今年の五月にはゆっくり松本を訪れ、松本民芸館や工芸の五月の展示などへ行ってみたいものです。

先月には、いつも応援してくださっている松阪のYさん達が、松本民芸館の企画展を訪れ、市内のクラフトショップ巡りも満喫なさったと伺って、とても嬉しくなりました。お話によると、このかご展の後は、染と織の企画展が、初夏には刺し子の企画展があるそうです(Yさん、情報どうもありがとうございます!)。

写真は、松本のあがたの森の中にある、旧松本高等学校にて。あがたの森はクラフトフェアまつもとの会場となっていますが、ここに一歩入ると、外の喧噪が嘘のようにひっそりしています。(自由学園明日館もそうですが、こんな学校で勉強してみたかった!)

The following photos show interior views of the former Matsumoto High School presently located in Agata-no-mori Park. I am looking forward to participating again in the annual Matsumoto Craft Fair, and look forward to seeing my many friends and customers during the two-day weekend event, held this year on May 30-31.

 

あがたの森 旧松本高等学校 Former Matsumoto High School, Agata-no-mori Park
あがたの森 旧松本高等学校 Former Matsumoto High School, Agata-no-mori Park
あがたの森 旧松本高等学校 Former Matsumoto High School, Agata-no-mori Park
あがたの森 旧松本高等学校 Former Matsumoto High School, Agata-no-mori Park

 

blog_26th January

無事にマレーシアへ戻ってきました。

ミニバスで4時間かかるところ、6時間かかりました。やはりミニバスに乗ると、スムースにいかないようです。

マレーシアとタイの国境を越えるまでは順調だったのですが、マレーシア側に入るなり運転手のにーちゃんが、「これからバイパスするから」と言いながら、グネグネ道を暴走し始めました。それはバイパスというより、どうみてもただの周り道。時々幹線に戻っては、またローカルなグネグネ道に戻ること何度も繰り返し。酔うわ酔うわ、まさかこんな平地であれだけ車酔いするとは思いませんでした。

ですが、道中、水牛がのんびり草を食べているところを見たり、「カンポン(村)××」と入口にかかれた小さな集落を幾つも通り、牛の群れを突き抜けて走り、普通の旅行ではみられない風景も目に出来たのはよかった、とでも思わないといけません。

夫があとで言った「高速道路の料金を浮かせるために下道を通ったんだな」との推測は正しいと思いました。他の乗客はタイ人だったようですが、到着時間を2時間もオーバーしても誰も何も言いませんでした。防虫剤バス事件の時も思いましたが、タイの人は我慢強いのか、他の人のやることに干渉しないのか、、、苦情を言う文化でないことは確かです。

ミニバスはもうこりごりです。

 

下はハトヤイの雰囲気に似ている、バンコクのチャイナタウンにて(去年の夏の写真です)。ハトヤイで撮ったものは、これから現像に出します。

 

Yaowarat (Chinatown), Bangkok | July 2014
雑貨屋さん Grocery store (Bangkok, Chinatown, July 2014)

 

魚の浮き袋などの乾物を売る店 Fish swim bladders for sale, seen hanging above (Bangkok, Chinatown, July 2014)
魚の浮き袋(鰾)などの乾物を売る店 Fish swim bladders for sale, seen in foreground and hanging above (Bangkok, Chinatown, July 2014)

 

 

Yaowarat (Chinatown), Bangkok | July 2014
豚の腸詰めや干し肉を売る店 Sausage and pork products shop (Bangkok, Chinatown, July 2014)

 

このように、ハトヤイの街もまるでバンコクのチャイナタウンかと思う様に中国色の濃い街だったのが意外です。

タイ南部では、2004年以来イスラム過激派のテロが頻発していて、このハトヤイも去年の夏にはセブンイレブンで爆発が起き、多数死傷者がでています。タイ南部=マレー系多しというイメージだったので、ここもイスラムの街かと思っていましたが、モスクは街の中心にたった一つ。イスラム教徒が押しやられているだけなのでしょうか?

そういえば、ハトヤイ滞在の最後の夜に火鍋(鍋)を食べたお店では、メニューがタイ語・中国語・英語で書かれていました。が、いざ注文しようとしても、お店のおじさんに英語が通じず四苦八苦。すると、聞くに耐えなかったのか(?)、隣のテーブルのおじさんが通訳してくれました。この親切なおじさん、あごのほくろに長い長い毛を大事に生やしていて、私はそれが気になって仕方ありませんでした。

一体、どこの国にいるのか分からなくなってしまいそうなハトヤイ滞在でした。(調べてみたら、ここは客家人の華僑・謝枢泗が100年前に建設した街なのだそうです。なるほど納得)。

blog_23rd January

candle Chinese temple

昨日から、南タイに来ています。

ビザの都合で一度マレーシアを出ないとならなかったのです。

フェリーでランカウイ島へ行って、そこからまたフェリーでタイへ上陸する案、ペナンから電車とバスでパンガン島やサムイ島などに行くという案もチラッと出たのですが、どんどん面倒になって来てしまいました。結局、ペナンから出ている国境越えのミニバスに乗りました。これだと乗り換えなし。行き先は南部の街、ハトヤイ。

こうした国境越えのバスというのも、陸地続きの国々ならではのビジネスですね。1000円〜1500円くらいの料金で、ペナンから国境を越え、入国審査を受けるまで待っていてもらえて、それからハトヤイまで連れて行ってもらえるんですから。長野市内から1000円払ってバスに乗っても、きっと長野県から出られないと思います。

ペナンから同乗した人の中に、タイのお坊さんがいたので、席決めに一悶着。お坊さんはタイではとても尊敬されているので、上座と決まっているようです。しかも、女性は隣に座ってはいけないのです。

運転手のおじさんは、自分とお坊さんの間の小さい席に、私の息子を座らせようとしますが、当の息子は「そんなの嫌だ!」と今にも泣かんばかり。知らない大きなおじさん二人に4時間挟まれれば、生きた心地がしないのも分かります。(このお坊さんは、道中ガーガー高イビキでお休みだったので、隣でなくてよかったと私も思いましたが)。

あーでもない、こーでもないと議論の末、運転手のおじさんが、乗客をテトリスのように動かして一件落着しましたが、お坊さんは前と後ろを女性に挟まれていました。女性が隣じゃなくて前後ならいいのか?とは夫の疑問ですが、そんなヘリクツは言ってはならんのですね。

そういえば、去年の夏にタイの東北へ行った時には、ミニバスの中の空調の吹出口に、防虫剤がこれでもかとあちこちにぶら下げてあって閉口したことがあったのです。運転手のオッチャンは、バスを自分のクローゼットと思っているようでした。乗客は虫か??この時はたまらず、目につく防虫剤を全部掴んでバス会社のカウンターへ持って行ったのですが、夫が「黙って我慢しなさい」と反対したのを、今でも私は根に持っています。郷に入れば郷に従えということでしょうか?みなさまなら、こんなときはどうしますか?

帰りは電車で、、と思っていたのですが、早朝出発の便しかなく、結局またミニバスで帰ることにしました。帰りは何も起きないといいのですが、、。

ペナンではあまり外へ出ないので(引きこもり?)、今日は初めてのハトヤイの街でマーケットに迷い込んで、豚の足だの山積みの唐辛子だのを異邦人気分で見るのも新鮮でした。タイの南部はイスラム教徒が多いのかと思ったのですが、ここは中国語の表示が多く、まるでバンコクのチャイナタウンのよう。タイ語が読めなくても、漢字が分かるのってこういう時便利ですね。町中にフカヒレとツバメの巣の看板が目立ちます。

プールで泳ぐつもりで水着を持ってきたものの、それほど暑くもなく泳がずじまい。私のバックパックの中身は常備薬と水着で占められています。持って来なきゃよかった、、、。

デジカメを忘れてきたのですが、写真は沢山撮ったので、現像したらこちらに載せますね。下は、ペナンの家の近所の中華寺にて(この記事に関係ありませんが)。

candle Chinese temple

14th January

ベトナム ホイアンの町並み ランタン lantern hoian in vientam

旧正月

みなさま、この連休はいかがお過ごしでしたか?

実家の母からのメールでは、近所でどんと焼きをしたとありました。書き初めや門松、去年のお守り等を集め、冷たい風の吹く河原で燃したそう。子供達が喜んで帰って来た、とありました。私の息子も参加していたら、きっと喜んだに違いありません。

この日には、竹でやぐらを組み、書き初めなどを燃して、枝にさしたおもちを焼いて食べたのを覚えていますが、今でも行われているとは知りませんでした。みなさまのお住まいの地域ではいかがでしょうか?

こちらでも、今月はヒンズー教のお祭りが2つあるので、見に行く予定です(←ヤジ馬)。来月の19日は旧正月。クリスマスの飾りに代わり、もう赤いランタンがあちこち下がっています。中国系が多いだけに、旧正月のお祝いには、かなり気合いが入っている模様。しかし、ペナンはむやみやたらとお祭りが多いのですが、あの大量の飾りを保管する場所はどうしているんでしょ?

The decorations for Christmas and the New Year in Penang had barely been taken down in a nearby shopping center, before decorations for Chinese New Year (celebrated on February 19th in 2015) were taking their place,  as there is no time to lose in the drive to relieve shoppers of their money.

There are so many red lanterns (too many?) hung everywhere that they are no longer special and one hardly notices them. If there is a lantern everywhere one looks, the point of decoration, to give something special to look at, is lost. I thought about our time in Hoi An, Vietnam, during Tet four years ago. I have posted here some of that which caught my eye of the decorations for Vietnamese New Year and of the multiply colored lanterns there on display and for sale. The old city seemed to retain many of the traditions of this holiday. I wonder how things have changed in four years, though, and how different they are in nearby Danang, say, which is a more built-up city.

ランタンをみると、ベトナムで過ごした旧正月テトを思い出します。刻々と近づいてくるお正月を準備するホイアンの人たちを観察していました。去年の今頃にこのブログへ載せたものもありますが、自分のアルバムから持って来た写真を載せますね。

 

Hoi An, Vietnam 2011
Hoi An, Vietnam 2011

 

ベトナム ホイアンの町並み ランタン lantern hoian in vientam
Hoi An, Vietnam 2011

 

ベトナム ホイアン 町並み hoian in vientam offereing
Hoi An, Vietnam 2011

 

Hoi An, Vietnam 2011
Hoi An, Vietnam 2011

 

Hoi An, Vietnam 2011
Hoi An, Vietnam 2011
vietnam hoian tet ベトナム ホイアン お正月の準備 テト
Hoi An, Vietnam 2011

Penang National Park

penang national park monkey beach penang national park ペナン モンキービーチ

家からバスで30分ほど行ったところに、ペナン国立公園の入り口があります。世界一小さな国立公園とはいえ、熱帯ジャングルだけあり多種多様な動植物が生息しているとのこと。この公園内のトレッキングルートを歩いてみました。目指すは、ペナン一きれいだというモンキービーチ。

A few photos below from a recent day trip to Penang National Park on the northwest coast of Penang Island. There is no vehicular access to the park beaches, so they are uncrowded. Access is by small boat or on foot. We walked in and out, a total of some nine kilometers.

 

monkey beach5
モンキービーチへ向かうところ。トレッキングルートは根っこに侵略されています。
monkey beach4
ジャングルの中に時々現れる橋。所々抜けていて、足を踏み外しそうになります。

 

 

We found Monkey Beach, named for the crab-eating macaques that live in the trees there, clean compared with other Penang beaches more often frequented by tourists in great numbers, drawn to parasailing, jet-skiing, and other such activities.

On a beach in the park, my son found a couple kinds of crabs: one a small fast-scurrying crab with a translucent body, and a larger fiddler-like crab, which he dug from its sand burrow. We also observed a few water monitors on the beaches and on the mudflats just off shore.

 

ツーリストがどっさり訪れ、ジェットスキーやパラセーリングなどで騒々しい観光客向けのビーチから離れていること、アクセス方法がボートかトレッキングしかないことも手伝って、モンキービーチの水は比較的きれいでした。息子が穴堀りしていると、大きな蟹が飛びでてきてびっくり。写真の水トカゲや、ちいさな半透明の蟹(高速で走る)もあちこちにいました。

さすが熱帯のマレーシア、トレッキングルートの整備も植物の生長のスピードに追いつかないようで、木々が繁茂して根っこものび放題。これをまたいで行くのはとても歩きにくい。行き帰りで合計9キロほどのルートでしたが、蒸し暑いことも手伝って、どっさり汗をかいて良い運動となりました。ほとんどの人は、ここへボートで乗り付けビーチでのんびりするのがお決まりのコースのようですが、時間があればこのように歩いていくのもよいですね。

 
monkey beach
歩いて来た森を振り返る。
monkey beach6
水トカゲ
この蟹も高速で走ります。
苦労して捕まえた蟹

 

Recently, I asked a Tamil acquaintance why fish and shrimp are expensive here compared with other sources of protein. We had thought that living on an island would give us access to fresh, inexpensive seafood. He told us that 50 years ago, one could cast a line from almost any beach and catch stingrays, which are eaten here, at the rate of about one an hour; now, there are none to be found in local waters. This is true, too, he said for many fish and for shrimp. He told us that the sea nearby had become so polluted that many fish are now sourced from Thailand and Indonesia, thus driving up prices. Penang has become rich by some measures, but much poorer by others, I think, a story similar around the developing and developed world.

高層マンションの建設ラッシュのすすむペナンでも、ちょっと島の奥へ行くとこんな場所が残されていることは貴重です。かつては、ペナンのどこの海辺もこのようにきれいで魚が沢山釣れたと聞きました。汚染がすすんでいるのは、どこも同じですね。

ペナン滞在も残りあと3ヶ月と少し。時間をみつけてもうすこし探索してみたいです。

 

penang national park
モンキービーチ到着。穴堀に夢中な人。
monkey beach2
大学の海洋生物研究所の前にブランコが。なぜ?

 

ペナンへ戻りました

バンコクからペナンまで 車窓より train ride from Bangkok to Penang

ペナンへ昨日帰ってきました。

バンコクのファランポーン駅からタイ/マレー鉄道の国際夜行列車に乗り、国境を越えペナンの対岸にある駅まで20時間。ベトナム北部−ハノイと上海−広東まで夜行に乗ったことがありますが、今回の寝台は90センチ巾もあって、それらに比べ格段に快適でした。長い時間でしたが、田んぼや椰子の木を眺めて、通り過ぎるタイ側の村々を眺め、過ぎてしまえばあっという間(でもないけど)に、こちらへ帰ってきました。

余談ですが、切符を買ってきたその日、「先日タイ鉄道の夜行列車で、夜間に凶悪殺人事件があったらしいよ〜」と夫。ですが、その件があってか、タイの警察官が沢山同乗していたので、なんの心配もありませんでした。防犯対策なのかわかりませんが、夜中、煌々と照明がつけっぱなしだったので、繊細な人は眠れないかもしれません(←夫)。

さらに余談ですが、イサーン内をバスで移動中、後ろの席のあかちゃんがおもらし(大小)をしたらしく、お母さんがそのブツを座席下に放置。信じられません。今回の夜行列車では、痰のからんだ咳をする赤ちゃんが後ろの座席乗って来たので、嫌ーーな予感がしたのですが、案の定、定期的にゲーゲー吐いていました。でもだれも気にしません。何でもマイペンライ(気にしない)ですませてしまう人たち。おおらかです。子連れで旅行しやすい?でしょうね。

 

バンコクの鉄道駅、ファラポーン駅/ Hua Lamphong station, Bangkok
バンコクの鉄道駅、ファラポーン駅 Hua Lamphong station, Bangkok

 

車窓から
タイ/マレー線の車窓から
田んぼの中にココナツの木が点在しているのがタイらしいです
田んぼの中にココナツの木が点在しているのがタイらしいです

 

夕食と朝食は、頼んでおいたものがテーブルまで運ばれてきました。
夕食と朝食は、頼んでおいたものがテーブルまで運ばれてきました。私のはトムカーガイ(左)。
タイ側では、牛の放牧放牧をあちこちで見かけました。
タイ側では、牛の放牧をあちこちで見かけました。

 

今回は自宅にwifiがないので、近所のスターバックスから更新しています。日本に9月初めに帰るまでの6週間、メールでお問い合わせいただいてもすぐにはお応えできないこともあるかと思いますが、気長にお待ちくださいますと幸いです。

さて、家中を大掃除し終えたので、明日から仕事に戻ります。息子には「勉強したの?宿題しなさい!!」と、ノビ太のママのように口を酸っぱくして小言をいう現実が戻ってきます(ため息)。

遺跡巡り終了!

イサーン クメール遺跡 issan khumer ruin

ナコンラッチャーシーマーから東に120キロ、ナムロンという街に来ています。

ナコンラッチャーシーマーには遺跡以外何もない、、と思っていたら、更にそれを上回る街がここにありました。豚や鶏のエサを売るお店など、ローカル御用達のお店は沢山あるのですが、観光客用のお店が全くないのです。

まともなコーヒーを飲めるところを探すのに、街中をうろうろしました。しかも、新しく出来たばかりのカフェで「タイミルクティー」を頼んでもなかなか通じず、やっと通じたと思ったら、意気揚々とホットミルクを出されてがっかり(ハノイで「ホットコーヒーとオレンジジュース」を頼んだら、「コーヒーと激ホットオレンジジュース」を出されたことがありますが)。

でも、コーヒーなんぞを飲みたがるのが悪いのです。観光客の訪れを想定していないタイの街とは、元々はこんなところなんだ!となんだか新鮮な気分。

街を一歩出ると、水田が広がり、バナナの木が所々生えていて、水牛や鶏が放されています。眺めているだけで、心やすらぐ光景。遺跡巡り中、ずっと雨にふられましたが、雨期にわざわざ来ただけの甲斐はあり、緑の美しい田舎を堪能することができました。「こんなところに住みたいなあ、、」と私が呟くと、街育ちの夫が「こんなところで何をする?」との答え。何もなくてもいいんです。緑があって、本が読めて、藍染めができれば。

 

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パノムルン(Phanom Rung) を参道から望む。雨のおかげで並木も芝も青々しています 夫撮影

 

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パノムルン(Phanom Rung) 夫撮影

 

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どの石には運搬用の穴があいています。高く積み上げられた様子は圧巻です。息子撮影

 

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宿の近くでフラフラと入った掘っ建て小屋?のようなところで軽くお昼。米の麺(クイテアオ)。タイバジルはともかく、ディルをトッピングするところは、タイで初めてです。

 

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道ばたのトラックでランブータン売りをしていた女性から1キロ買って、宿に持ち帰りました。食べにくいランブータンですが、フルーツナイフを持って行って良かった。

東北で遺跡巡り

Prasat Hin Phimai 去年行ったピマーイ遺跡。

バンコクから北へバスで3時間半、ナコンラチャシーマー(コラート)という、舌を噛みそうな名前の小さな街に来ています。

バンコクから離れるほど英語の表示がどんどん減って、タイ語しか通じない世界。外国人観光客も殆ど見かけません。ここはイサーン(タイ東北部)の玄関口。ここからイサーン各地へのバスが出ています。実は、去年の12月にもクメールのピーマイ史跡を見にこの街に来ています。ここはタイシルクのマッドミー(イカットのようなもの)でも有名で、もう少し北にいくと前述の手織り藍染め布にも会えるのですが、今回はそれはスキップです(また改めて秋に行くことにしました。←元々は布を探すつもりでイサーンにくる事にしたのに、おまけの遺跡巡りがメインになってしまいました。一体何しに来たのだ?)

ホテルのフロントで「パノムワン史跡に行きたいのですが、どうやって行ったらよいですか?」と聞くと、「英語がよく分からないから、日本語でいい?チョットオマチクダサイ」と、誰かを呼び出してくれました。それがどうもお掃除係の人で、しかも流暢な日本語を話すのでびっくり。「ピーマイ史跡じゃないの?パノムワンなんてただの田舎よ」とペラペラ言われ、物好きな人しかいかないのだな〜と思いつつ、お願いして車の手配をしてもらいました。

カンボジアのアンコールワットにも再度行きたいと思うのですが、朝の4時にでも行かないと、混雑で写真を撮るどころではありません。でも、人気薄のこの遺跡なら、静かに思う存分クメール時代を妄想できそうです。公共の交通機関がないので、乗り合いバスで行ったはいいけど帰りはヒッチハイクしかないかと思っていましたが、これなら安心して見物できます。明日行ってきます。

 

Prasat Hin Phimai 去年行ったピマーイ遺跡。クメールの遺跡は修復されたところだとこんな感じです。
2013 Prasat Hin Phimai 去年行ったピマーイ遺跡。クメールの遺跡も、修復されたものだとこんな感じです。

 

ところで、イサーンと言えばソムタム(パパイヤのサラダ)とカオニャオ(もち米)。これは街の素朴な食堂で食べたお昼ご飯。タイスタイルのソムタムだけどいい?とタイ語で聞かれ、なぜか夫は日本語で「ハイ、ハイ」と答えていたのが、ちょっと笑えました。夫曰く、生の蟹が入っていたり、ピーナツが入っていたり、ラオスやタイでレシピが違うのだそうです。へ〜〜。強烈に辛いグリーンチリをまともに食べてしまったのか(私は除けて食べていますが)、目玉が飛び出しそうになっていた彼でした。

 

今日のお昼ご飯。手前中央がソムタム。籠に入っているのが、カオニャオというもち米です。
Today’s lunch: som tam (green papaya salad), khao nyao (sticky rice), muu grop (crispy pork belly), phak sot (raw green vegetables), and sauteed vegetables. 今日のお昼ご飯。手前中央がソムタム。籠に入っているのが、カオニャオというもち米。他は、カリカリ豚肉にソース付きとニンニクの効いた野菜炒め。

ボタンを探して、、、

バンコクのチャイナタウン ヤワラー china town in bangkok

バンコクで本物の藍を買うことのできるお店には、今まで殆どお目にかかったことがないのですが、先ごろ一つ見つけたところへ、日本からバンコクへいらしていて、スカイトレインのプラットフォームでばったりお会いしたYさんと一緒に(といっても、その近くで待ち合わせの約束だったのですが)見てきました。

藍の生地はタイの東北部からきたもので、天然藍で糸を染め、手織りされた綿の布や、その綿布で作ったジャケットや小物を扱っていました。織りもきっちり柄がでているし、糸の始末もよく、素朴なアジア製品とは全く違った質の良い品であることがわかります。ですが、90センチ巾1mあたりのお値段が7000円弱。ブラウス一枚作ったら、布代だけで2万円ほどかかってしまいそうです。うーーーむ(悩み中です)。

Yさんは、藍染めで、綿とは思えないほど非常に柔らかい手紡ぎ手織りの素敵なストールを購入されていました。ここの産地も作る量が減っていると随分前にチェンマイにいた時にも聞きましたが、それを思い出すと今買っておかないといけませんね。ですが、実は私個人的には、Yさんの着ていらっしゃった、松坂木綿の粋な縞のキュロットがとーーっても気になりました!

 

チャイナタウン
ボタン屋さんのある路地の入り口 (夫撮影)

 

さて昨日は、チャイナタウンのボタン屋さんを目指したものの、ものすごい人ごみの中、迷いに迷ってなにも見つからずに情けない思いで帰ってきました。

なので、月曜日の今日は、気をとり直して復讐のボタン探しです。マハトマ・ガンジーに似たタクシーのおじさんに行きたい場所を伝えるも、全然違うところで降ろされてしまいます。それでも行ったことのない、豚の足や鶏がブラ下がり、乾物などがひしめく古いマーケットを回ることができました。路地が網の目のように広がるチャイナタウン、行く度に異邦人気分です。ですが、昨日通った路地を目を皿のようにして練り歩いたら、以前買ったことのあるボタン店がありました。なあーーんだ(←自分がアホなだけでした)。

焦って探していると見つからないものですね。選ぶのに悩んで悩んで、結局いつもと同じ様な貝ボタンを沢山買ってきました。これで今晩は、枕を高くして眠れます(というか、ここ毎日暑いところを歩き回っているのでよく眠れます)。明日はまた移動です。

 

バンコクです

上海 アスターハウス astor house hotel レンガ作りの建物 shanghai architecture

上海を訪れる楽しみの一つは、上海独特の建築を見ること。

中国と西洋の折衷スタイルが、面白いのです。今回は歴史的建造物の他、再開発のために取り壊しの決まっている場所も友達に教えてもらって訪ねてきました。ですが、夫も息子もそんなものに興味がないので、そればかりにつき合わせるのも、、ですね。次回は見たいもののターゲットを絞ってから来ようと思います。

一軒だけ、服を見に行きたいお店があったのですが、これもまた次回に。ここのオーガニックファームやアトリエ訪問のお誘いが来ていたのですが、時間が合わずに残念。

(そういえば、オーガニックファームで思い出しましたが、ここのところ喘息の発作が出ないのです。ステロイド吸入の薬も殆ど必要なくなりました。食べ物に気をつけているのが効いて来たとしか思えません。食べ物ってやはり大事ですよね。)

 

Astor House Hotel
Astor House Hotel 上海にて
これもAstor House Hotel
これも上海のAstor House Hotelにて
上海外灘にて(夫撮影)
歴史的建造物の多い、上海外灘にて(夫撮影)

 

さて、見残したものだらけですが、そんな上海を離れ、昨日バンコクへやってきました。雨が降って肌寒い上海と蘇州から一変して、真夏のバンコクは時折スコールに見舞われ蒸し暑いです。空港から街に向かう電車の中では、甲高いタイ語が聞こえます。コンクリートだらけの街。飛行機で数時間移動しただけで、全く環境が変わってしまうのも面白いですよね。

 

水郷巡り

ザリガニを食べる 上海郊外の古鎮 old canal town outside shanghai

さて、運河のある街巡りも、いよいよ今日で最後です。今朝は暴風雨の予報で、傘をさして歩いたらメリー・ポピンズのように飛ばされると思い、近場の運河巡りで我慢してきました(←でもこれが案外良かったのです)。

昨日は甪直古鎮という水郷へ行きました。未知の世界。蘇州から大型バスで向かったものの、なぜか帰りは路線バスしかないようで、しかもどこから乗るかも分からない。インターネットでリサーチしても、この程度しかわかりません。行けばどうにか分かる、と思って飛び出るのがいつものパターンですが、中国では、鉄道の駅もバスのターミナルも、地方都市でも野球スタジアム以上に大きかったり、道路もむやみやたらと広いので、あやふやな情報だけでは小人気分を味わいながら路頭に迷うのは必須です(ちなみに、上海の駅で蘇州行きの新幹線のチケットを買うのに一時間半くらいかかりましたから、、)。

とりあえず、甪直の大通りにあった何かの売り場に入って聞いてみました。カウンターの若い子達が、iPhoneで路線番号を調べてくれ、仕事の手を止めて(といっても暇そうでしたが)そこから歩いて20分ほどのバス停までわざわざ連れて行ってくれたのです。あぁ、親切な人に会えてよかった。おねえちゃん、おにいちゃん、どうもありがとう!(といっても、このブログは絶対読んでいないはずですが)。あやふやな情報しかなくても、この国ではこんな親切な人達に助けてもらっているから、ここを回ることができるのです。

周荘
周荘の運河

 

息子の大好きなザリガニ。長野に帰ってから、この秋にザリガニを採りに行くのを楽しみにしているのですが、その前に蘇州でザリガニに再会できて大喜びです。このザリガニの他、上海蟹が秋の蘇州の名物料理です。

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こちらも周荘にて。息子、ザリガニ(龍蝦)を食べるところ。

 

さて、明日は上海へ戻ります。あちらも雨かなあ、、。

蘇州滞在中

上海郊外の古鎮 old canal town outside shanghai

上海から車で一時間ほどの距離にある、水郷古鎮・蘇州に来ています。今回は高速列車で来たところ、ものの15分ほどで着いてしまいました。日本の新幹線よりもシートが広くて快適、そして早い!

蘇州は東洋のベニスとして知られる他、シルクや刺繍も有名だそうですが、合成染料の鮮やかな色がどうも、、、。お店も沢山ありますが、こちらは素通りです。

 

実はここには先日、友人に連れて来てもらっているのですが、日曜日ということもあって街中は芋を洗うような混雑ぶり。ですが、その日の夕方訪れた写真のこのちいさな街は、観光客も去った後でした。近くの湖で育てているという、ザリガニとカエル料理がおいしかった!今日明日は、こんな水郷古鎮をいくつか回る予定です。

 

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蘇州から更に車で一時間、東山陸巷の町並み

上海最後の日

shanghai sikumen 上海 レンガ作り

毎日のように、こちらにいる友人達にあちこち連れて行ってもらって(そしておいしいご飯もご馳走になって)いるうちに、あっという間の楽しい上海滞在もこれでおしまいです←また数日後に帰ってきますけどね。

 

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凝ったファザード(前面)

 

今日は、こちらで上海建築の美しい記録写真を撮っている友人に、取り壊しが決まっている里弄(リーロン)へ連れて行ってもらいました。

里弄(リーロン)とは、20世紀に細い路地に沿って建てられた集合住宅ですが、北京でいう胡同(フートン)の上海バージョンとでも言えばよいのでしょうか。西洋建築と中国建築がミックスされたものあり、ドアの上にはそれぞれ凝った装飾あり、住宅ごとにデザインも異なります。前世紀の住宅史をみているかのようでした。これがもう取り壊されるなんて。

椅子を路地に出して涼んだり料理をしたりと、まるでどこまでも居間が延長しているかのような人々の暮らしぶりも、もう日本では見られないですよね。友人の案内と詳しい説明のお陰で、一日を非常に満喫しました!

 

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リーロン内のカトリック教会にて

 

面白いのは、私たちがこうしてズカズカと住まいエリアへお邪魔しても、にこにこしているここの人たち。日本だったら白い目でみられるでしょう。私が日本人だと知ってもへっちゃらです。

日本のメディアでは、反中・反韓に片寄ったニュースばかりが目につきますが、国と国との問題を通して隣国の友人達を判断するのもどうかと思うのです。昨日、一緒に時間をすごした友達が「あの戦争の時はお互いがそれぞれ非常に苦しんだのだから」、そして「私たちは縁があってこうして出会って友達になったのだから」と言ってくれた時には、涙がでそうになりました(でも、彼女のお父さんの兄弟全員が日本軍の蛮行の犠牲となっているのです)。驚くのは、日本人だからといって、国民全員に嫌われているかというとそうでもないのです。

ローマ帝国にもモンゴル帝国にも、栄華を極め没落していく時期があったように、どの国にもそんな時代が訪れる可能性があります。日本はもうそれが終わり、今度は中国にバトンタッチしただけの事かもしれません。この国の変化を観察しつつ、また近いうちに上海へ来られたらいいなあ、と考えています。

 

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(余談ながら)梅雨の今は、この春夏に作ったリネンガーゼのパンツが大活躍です。

 

つい熱く語ってしまいましたが、要するに私にとって中国は、いくら来ても来足りない国だということです!(上の画像 撮影は全部夫です)。

上海滞在中

Philadelphia City Hall フィラデルフィア市庁

シカゴから成田を経由して、今度は上海に来ました。成田から3時間。拷問の様なシカゴからの13時間のフライトに比べ、居眠りして目が覚めたらもう着いていた、というラクチン移動でした。

フィラデルフィア滞在最終日にようやく時差ボケがなおったと思ったら、こちらにきてまた同じことの繰り返しです。でも、逆回りはだいたいいつも回復が早いので、すぐに元通りになりそうです。

この国では規制があってフェイスブックがあけられないのですが、ブログの方は更新できるのでホッと一安心。新しいサーバーにしたので少々心配していました。上海での写真は後日アップします。今日はフィラデルフィアの写真を。

 

Philadelphia City Hall フィラデルフィア市庁
Philadelphia City Hall フィラデルフィア市庁 これでもかと言うほどの天井の高さ

 

 

The Bourse Building レンガの美しい証券取引所(息子撮影)

Philadelphia Bourse, formerly a commodities exchange, founded in 1891. レンガ造りの商品取引所として使われていた美しい建物(息子撮影)

 

 

350-year-old sycamore tree 樹齢350年のプラタナスの木
350-year-old sycamore tree 樹齢350年のプラタナスの木

フィラデルフィア 9日目

bartram garden philadelphia バートラムガーデン フィラデルフィア

こちらに来てからは、仕事もしていないし、このブログもバリバリ更新出来ると思ったのですが、一日中寝ているのか起きているのかわからない夢うつつ状態で、写真も少し撮ってあるものの、多くはそのまま放置となっています。

写真と言えば、先日、夫がスライド一枚を手に、ニヤニヤしながら私に手渡すので、何かと思って見るとウン十年前の本人の写真。ベルボトムを履いています。しかもピンク。そして髪は長い。一体これは日本でいえばフォーク世代か?!以前、私が息子にフクシア色(濃いピンク)の長靴を買ったら、「男がピンクなんて、、」とブツクサ言っていたのに、自分でこんな格好しているじゃありませんか!

 

話は戻って、こちらは先日、アメリカの初めての園芸家と呼ばれる、クウェーカー教徒のジョン・バートラムの庭へ行った時のもの。

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庭と呼ぶのもはばかられる、森のような庭
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こちらがジョン・バートラムの住居(夫撮影)

 

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敷地内で魚釣りができます。夫と息子は、大きなナマズを釣っている人を見かけたそう。
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その辺にいた七面鳥を追いかける人(息子です)

300年ほど前に作られたこの庭には、家の他には納屋や牧場もあり、森や湿地に囲まれた45エーカーの敷地内にあります(東京ドーム何個分?)。フィラデルフィアも、このようにかつては森の中に住まいが点在するだけだったと想像できます。今の開発ぶりから考えると信じられませんが。

ここでの滞在もあと二泊。この後は日本を通って南下していきます。

フィラデルフィア6日目

フィラデルフィア 考古学博物館 museum in philadelphia

時差ぼけで3人とも朦朧とする頭で(←まだこんな状態)、今日はペンシルベニア大学考古学人類学博物館へ。

時差ぼけには日光に当たるのが効果的だそうなのですが、こんな夏日に日向でぼーっとしていたら、干からびてしまいます。博物館の暗がりの中で、ミイラ鑑賞などして過ごして来たので(ニンゲンだけでなく、飼い猫やワニのミイラもありました。飼い主が死んだ時、有無を言わさず道連れにミイラ化されちゃったんですね、きっと)、今日も、時差ぼけ解消という点では、建設的な1日ではありませんでした。

 

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University of Pennsylvania Museum of Archaeology and Anthropology これがその博物館
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これも博物館の敷地内にあった建物。レンガの並べ方でデザインを出しているのが面白い。

 

素晴らしい建物のなかにあるこの博物館、ミイラやスフィンクスのレプリカだけでなく、一番印象に残ったのは中央スーダン/ナイジェリアの、豪華なシルク刺繍が施されたこの藍染めコットンのローブ(写真下)でした。支配階級や裕福な商人が着ていたそうですが(いつのものかは不明)、日本の藍染めの服とはまた違ったゴージャスな印象ですよね。

 

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Men’s robe from Central Sudan/Nigeria. Indigo-dyed cotton and silk embroidery. コットンの藍染めにシルクの刺繍が入った男性用ローブ

 

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Robe detail/ 上のローブの一部

 

ローマの部屋には、数多くのローマンガラスのコレクションもありました。日本でいえば弥生時代。弥生土器を作っていた頃に、すでにこんな細かい装飾を施した日用品を作っていたなんて、、、。アールヌーヴォーを思わせる優雅な曲線で構成されたオイルボトルのようなものもありました。

 

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Roman glassware/ ローマンガラス 二千年も前のもの 銀化しています

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さて帰りには、ベトナム住民御用達のアジアンスーパーマーケットへ。

ベトナム食材だけでなく、中華の水餃子の皮や刺身用醤油などもあります。ここで豆腐や黒米とココナツのデザート、夫のベトナムコーヒーなどを入手。アメリカに来てからアジア人を殆ど見かけていなかったので、ここに買い物に来ている人たちには、まるで同郷の人に会ったかのような親しみを感じました。嬉しさのあまり、知らないおじさんに話しかけそうになる私、ほとんどこれじゃ変質者じゃないですか。

「日本人は外にでると群れたがる」と批判的な人は言いますが、日本だけでなく、どの国の人だって同じだと思います。夫の一族だってほとんどイタリア系ですし。私だって万が一ここに住むことがあれば、きっと黄色人種と群れていると思います。でも、こんなアジアンスーパーマーケットがペナンにもあったらいいなあ、、(ペナンもアジアですが、たいして品揃えは良くないです)。

着いています

church inside 教会内部

二日前にフィラデルフィアへ到着しました。

時差が13時間ほどあるので、いつも到着後一週間ほど時差ぼけに悩まされます。真っ昼間から徹夜でもしているかのような気持ちの悪さ。目がぐるぐる回ります。時差ぼけが治った頃にはここを発つことになるので、いつもなんだか損した気分です。このブログも更新したかったのですが、頭が回らず何を書いているのか分からなくなってくるので、やっと今日になりました。睡眠不足は恐ろしい。車の運転なんかしたら、間違いなく破滅です。

 

近所の教会が今年一杯で閉まるらしいので、今朝はカメラをもって行ってきました。日曜日のミサ(?)も終わり、車に乗り込もうとしている神父さん代理に頼むと、灯りをつけて中へ入れてもらえました。義母が毎週お掃除のボランティアに行っているそうですが、だからこそ顔パスで入れてもらえたのでは?という気がします。

写真を撮りに行った教会(夫撮影)
写真を撮りに行った教会(夫撮影)

子どもがここの学校に通い、土日には大人がミサに通い、かつて人々の生活の中心にあった教会も、こうしてほそぼそと開いているだけとなるなんて。信者の高齢化と教会離れで、ここも財政状況が大変なのだそうです。日本の仏教も葬式仏教なんて呼ばれていますけれど、同じようなことですね。

もうすぐ出発

リネンのキッチンタオル linen kitchen tea towel

明日から、夫の実家のある米フィラデルフィアへ里帰りしてきます。スーツケースは成田へ送ってしまったので、今日はのんびり手荷物の取捨選択をしていました。

午後には、義母へ持って行くイタリアンリネンのティータオル(布巾)を、猛スピードで作る私。今頃、何をやっているんでしょう?試験の前日になって慌てて勉強を始めるのに何だか似ています。義母はTシャツや下着にもアイロンをかける人なので、出来上がったタオルにもきっちりアイロンをかけておきます。ループが無骨だけれど、使えないことはないでしょう。

 

リネンクロス
Linen tea towels

 

ここ最近、アジアを回る時はLCC(格安航空会社)しか利用していないため、どうも貧乏が身に染み付いてしまったようです。不便な時間帯に空港入りしなくていいし、手荷物の重さでガーガー言われて課金されなくてもいいし、機内食も飲み物も買わなくてもいいし、機内で映画も鑑賞し放題だし、ハーゲンダッツまでもらえる、などなど。そんな今回の旅は、身分不相応な贅沢に感じます。でも、飛行機の旅というとこれは普通なのですよね。まあ、何もそんな自分の情けなさをここでご披露しなくてもいいのですが、、。

フィラデルフィア郊外にある義母の家の周辺には、wifiスポットがないのです。が、3年前に行った時には、最寄りの墓地になぜかwifiスポットを発見。しかし、ネットにつなぐためにせっせと墓地に通うというのもねぇ、、。今度は日本からwifiルーターをレンタルしていくので、バリバリつなげそうです。便利な世の中になりましたね。グランドキャニオンの中ではつながらないという話ですが、そこまで行ってつながなければならないほど重要な用事はございません(そこまで行きませんけど)。

また9月初めに帰ってきます。それまで日本とはしばしのお別れです。(あっ、二週間後にもちょっと寄りますが)。

タイ・チェンマイの染め工房を訪ねる(2010年12月の記録より)

Entrance to Studio Naenna textile museum, gallery and workshop/スタジオネンナ入口
ネンナ入り口
Entrance to Studio Naenna textile museum, gallery and workshop/スタジオネンナ入口

何年か前にタイのチェンマイで藍染め・手織りで布を作っている工房にお邪魔した時のブログを以前つかっていたブログに見つけ、このまま自然消滅させるのもなんですので、こちらへ持ってきてみました。

工房のオーナーはシンガポール生まれのイギリス人女性で、ラオスのテキスタイル研究家としてとても有名な方。ここチェンマイで手織りの存続運動を続けていらっしゃいます。安い中国の工業製品におされて、どんどんマーケットから手織りや藍染め布が消えていってしまっているこの頃、ここの工房の存在はとても貴重です。チェンマイは空気がとても悪くて行くのを避けていたのですが、この工房に行くだけでもまたチェンマイに足を運びたいと思ってしまうほどなのです。

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藍甕/Vats containing indigo.

 

藍のエサには日本ではふすま(小麦の外側)を炊いたり、日本酒を与えたりするのですが、ここではパイナップルジュースやタイウイスキーを使うと聞いて、おいしそうだなあ、、、と思ったのを覚えています。

藍染された糸。洗って織るそうです。Indigo-dyed yarn.
藍染された糸。洗って織るそうです。Indigo-dyed yarn.

 

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分けていただいた手織り布の色々 Hand-woven fabric from Studio Naenna この時は、一度訪ねてもまだ足らず、翌月また訪ねたのでした。キッド織り、コード織り、イカットなど、少しずつ分けていただきました(写真はボケていますが、、)。

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織り機などが外に。Traditional Thai spinning and weaving apparatus.

外で上のような木製の糸巻き器でのんびり作業をする女性もいましたが、写真を撮るのが恥ずかしくて撮りそびれてきました。(この頃はそんなことも出来なかったのです、、)。

オールドバンコクにて

Old Custom House in Bangkok
Old Custom House, Bangkok
Old Custom House in Bangkok

バンコクがデモ騒ぎで大変なことになっていますが、一ヶ月前に滞在していた時にはそれほど身の危険を感じませんでした。オールドバンコクと呼ばれる、昔の貿易の中心地を散策した時には、タイ郵政省の立派な建築の前を通りすぎたのですが、警官(軍隊かもしれませんが)の一群がゲートを内側から押さえて物々しい雰囲気でした。デモ隊が押し寄せることを予想して、毎日ああして警護しているのでしょう。それよりも、バンコクのこの古いエリアに初めて足を踏み入れ、昔の建物に囲まれて興奮ぎみだったので、それどころではありませんでした。この古い税関の建物は、ウォン・カーウェイの映画の撮影に使われたのだそうです(花様年華)。トニー(レオン)とマギー・チャンがここを歩いている夜のシーンを覚えています。

フレンチ・コロニアルの家

ラオス コロニアルスタイルの家 laos colonial style house

ラオス コロニアルスタイルの家 laos colonial style house

ラオスで夕暮れ時に撮ったものですが、撮り終えてふと視線を感じてその方角を見ると、住人らしきおばあさんが怪しいものを見る目で私を見ていました。廃墟かと思っていたら、誰か住んでいたのです。ラオス語で「失礼しました、、」とも言えず、こそこそとその場を立ち去りました。

続き

バンコク カフェ cafe in bangkok

バンコク カフェ cafe in bangkok

こどもがいるのでカフェで読書などしている場合ではないのですが、タイはとてもチャイルド・フレンドリーなので、連れて行くだけなら、ある程度おとなしくさえしていれば大丈夫です。そういえば、こどもだけでなく、犬が二匹、飼い主と隣り合わせでおしゃれなバーのスツールにそれぞれ座っていたのも目撃したことがあるくらいなので、こども一人くらいではタイの人にとってはなんでもないのでしょう。のんびりしていますよね。それがいいんですけれど。写真はバンコクのカフェにて。ケーキを選ぶ息子です。

ボケボケでした。

bangkok cafe バンコク カフェ

 

先日のラオスとタイで撮った写真は、バンコクの現像屋さんで現像してもらい、ペナンに帰ってきてからスキャンしてもらって、やっとどんな風に撮れていたのか見る事ができました。ペナンのいつもの現像ラボのおじさんに「タイで現像してきたのか?いくらだった?安いなあ!」と感心されましたが、私のカメラの腕にはかなり呆れているのではと確信しています。それも、ラオスで撮ったものはほぼ全滅。あまりのボケボケに力が抜けました。こうなりそうな予感がしてきたのが、既にラオスを発ってから。これはまた来年ラオスに戻るしかありません。写真はバンコクのカフェで撮ったもの。反省して、旅先にもまじめに三脚を担いで行きます。

bangkok cafe バンコク カフェ

このホームページもリニューアルしたてで内容が薄いので、こんな旅先の写真まで載せてしまおうという魂胆です。しばらく続きます。